四十六の城

明石城を作った小笠原忠真おがさわらただざねは徳川さんに物凄く信頼されていたので重要な拠点だった明石の城を作るように指示されたらしい。


「でも小笠原さんはどうしてそんなに信頼されていたんですか?」


お城って当時でいうと兵器みたいなものだよね。


それを当時日本を支配していた徳川幕府に作っていいよって言われるくらいの信頼性ってどこから生まれたのか単純に不思議だった。


「お父さんとお兄さんの働きのおかげなのと小笠原家が名族だったことが一番の大きな理由だと思うわ。」


「名族・・・だったんですか?」


虎口こぐち先輩は私の問いかけにうんと頷いた。


「そう、小笠原家は古くは鎌倉時代の平家物語に一族の人が名前が残る古い名族で、室町時代には将軍の弓の師範しはんになるくらいの家柄だったのよ。信濃って言って現在の長野県の守護って言う役職を与えられて長野県の支配をしていたの。」


守護、どこかで聞いたことがあるような気がする。


『良く歴史漫画とかに出てくる何々の守って言うアレのことかな?』


と頭に思い浮かべているとたずねちゃんが私の心を読んだかのようにニヤニヤしながら。


「多分さぐみんが頭に浮かべてるのは国守の事やで、国守は分かりやすく言うたら県知事の事で、守護は県警のトップの事や。」


訪ちゃんはたまに人の心をズバッと読む時があるな。


私は侮れないものを感じた。


先輩は訪ちゃんに同意して


「国=朝廷からの命令で与えられる役職が国守で幕府の命令で与えられる役職が守護なの。幕府は武士のトップだから警察庁長官で、朝廷は現在の内閣を思い浮かべると分かりやすいわね。」


そう言って丁寧に教えてくれた。


「じゃあ国守のほうが上なんですね。」


私も単純に理解した。


先輩も訪ちゃんも歯切れは悪いながらも頭を縦に振って同意してくれる。


「幕府は朝廷の下に置かれる組織だから城下さんの言うとおりなのだけれど、建前はそうでも国は幕府の武力には勝てないから、そのうち国守の方も国と同じように力のない権力は意味がないという事で守護が国守の権限を奪っていったの。」


武士の歴史はやはり武力の歴史なのだなぁ


私はしみじみとそう思った。


そう言えば平安時代までは歴史の表舞台にいた藤原氏を代表する公家くげ達もいつしか歴史の表舞台からは消えてしまっていた。


それは武士が力を持つのとほとんど同時だった。


やはりそう言うことなのだな・・・


「一時は公武合体こうぶがったいが成し遂げられそうになった事があって、朝廷の権力が盛り返して国守を有力な武士に与えて同時に守護に任じるという後醍醐天皇ごだいごてんのうの天才的せい・・・」


虎口先輩は何故か後醍醐天皇と言う名を出して急に目をキラキラと輝かせてフンスと鼻息荒く説明しだすと訪ちゃんは急に大声を出して


「あ~~~!まあその話は大分脱線するから置いといて!とにかくまあそう言う感じで小笠原家は歴史の古い将軍の弓の師範になるくらいの名族やったんやけど、武田信玄の侵略に負けて信濃から追い出されて流浪の旅をしてたんや。」


突然話を終わりの方向に持っていこうとした。


すると虎口先輩が少し不満げな顔で


「訪、どうして話の大事なところで腰を折るの?守護と国守の関係を語る上では欠かせない後醍醐天皇の革新性の一端に触れてもらうところだったのよ。」


なんだか今までも虎口先輩が怒っているところは何度か目撃しているけどなんだか個人の感情で怒ってる先輩は初めてみたような・・・


「あかんやん。あゆみ姉はそうなったらさぐみんに後醍醐天皇とはどんな人物か、から始まって、なぜ南北朝になったのか、元弘げんこうの変、観応擾乱かんのうじょうらん、南北朝の終わりまで話して、楠木正儀くすのきまさのりが国のために己が汚名を被っても南北朝を終わらせるために如何に戦って如何に努力したかを語るんやろ。」


訪ちゃんはそう言ってため息を付いた。


訪ちゃんは多分何度もこの流れの話を聞かされ続けてきたんだろうな・・・


「当たり前じゃない、後醍醐天皇の話になったらそうなるに決まってるでしょ。南北朝の話はそう簡単じゃないのよ。」


先輩は当然のことのように言った。


「それがあかんって言うてるねん。さぐみんが知りたいのは南北朝の始まりから終わりじゃなくって今いてる明石城と小笠原家のことやねん。今の話はその流れから守護の事に疑問を持ってそうやったから説明しただけで、そこまで話したらもうあとの話はいらんのやで。」


訪ちゃんがそうやって先輩を諭すと少し考えてフムと小さく頷いて納得したのか


「訪の言う通り確かに城下さんの聞きたいことから少し話が脱線しそうになってたわね。」


そう言っていつもの冷静な先輩に戻っていた。


脱線って少しだけなのか・・・?


「まあ少しどころか大分やけどな。」


訪ちゃんは口に出して私の心を代弁してくれた。


「まあそんなわけで流浪の旅をしてたわけやけど、そのうち徳川家に仕えるようになって忠真のお父さんとお兄さんが大坂の陣で大活躍して戦死してしまったんや。お兄さんのお嫁さんが家康の孫娘やったんやけど、お兄さんが戦死したあと小笠原家の忠誠を重んじた家康は、生き残った忠真に未亡人になった孫娘を再婚させて明石を与えたんや。それが明石藩の始まりや。」


お兄さんのお嫁さんだった人と再婚ってなんか昼ドラみたいで物凄いな。


私はなんだか複雑な表情になると訪ちゃんは私の顔色を見て


「昔はなんかよくあったみたいやで、死んだお兄さんのお嫁さんと再婚するのって。まあ政治的なもんとかお家の事とか色々と絡むと四の五の言うてられへんのやろうな。」


そう言って訪ちゃんは上手く話をまとめてくれた。


虎口先輩は訪ちゃんに納得しつつもまだ楠木さんのことを話したいのかなんだか物足りなそうな顔をしていた。

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