三十八の城

たずねちゃんは庭園で大きく伸びをすると


「さあ、行こうや。」


と言ってグイッと私の手を引いて立たせてくれた。


虎口先輩もおしとやかな雰囲気で立ち上がるニコッと微笑んだ。


「じゃあ行きますか。」


私達はそう言って庭園を後にすると遂に石垣で出来た山に登るのだとワクワクした。


明石駅からも大きく見えるくらいの近さにあるお城だったが流石に直下から見上げると大きいなと感じる。


少しずつ石垣に近づくと石垣の近くに日時計が置かれていた。


「日時計ですね。さすが時の街ですね。」


私は何気なく言う。


「日本は東京と福岡から時計の電波を飛ばしているけど、それとは別に子午線の町として日本の135度子午線の街を売りにしてきた明石の街としてはやっぱり時との関係性は切っても切れない縁なのよ。」


そう言って虎口こぐち先輩は日時計の影を慈しむように見つめた。


訪ちゃんは日時計に関してはそれほど興味がないようで後頭部で手を組むとつまらなさそうに


「そんなん後でも見れるねんからお城に登城しようや・・・」


そう愚痴っぽく言った。


先輩はちょっとムッとした雰囲気で


「訪、あなたは日本で初めて時を測った人は誰か知ってるかしら?」


先輩は歴史に関することなら何でもが楽しいのだ。


例えお城のことじゃなくても・・・それを無意識で阻害しようとした訪ちゃんは無意識で先輩の地雷を踏み抜いていた。


先輩からの突然の反問に訪ちゃんはウッと一歩後ずさる。


先輩を怒らせてしまったことを肌で感じたのだ。


「まあまあ・・・それよりも石垣に登ったほうが楽しいんちゃうかなぁ・・・」


と言って口ごもりながらも誤魔化そうとするが先輩は続ける。


「いいえ、時と上手く共存して関わろうとしてきた明石の街にとっては大切な歴史の一つなのよ。あなたはそれを簡単に事を済まそうとするのは歴史を探求するものとしてどうなのかしら。さあさっきの質問に答えて。」


虎口先輩は厳しい口調でそう言った。


先輩は歴史のことに関してはとてつもなく沸点ふってんが低いことがそれだけで分かった。


訪ちゃんは収まりもつかなさそうなので観念して


「知りません。」


とションボリして私の後ろに隠れてしまった。


訪ちゃんは私の背中で小さく


「あゆみ姉は気持ちが高まってる時にうちが少しでも不真面目な態度を取るとああやってすぐに怒るんや・・・うちがただのお城好きの女子高生では納得してくれんねん。」


とちょっと半泣きになっていた。


「怒らせると怖いね・・・」


と私も同意した・・・


訪ちゃんが観念したことで先輩の気持ちは収まったのか


「まあ良いわ。お城に登城したい気持ちも分からない訳ではないから。でも明石は時や天文と深く関わりを持とうとしているからこそ、こうやって街の誇りとも言えるお城にとき打ち太鼓を復元したり、日時計をお城の目立つ場所に置いたりして努力しているの。日時計一つとってもつまらないことではないのよ。」


と言って元の顔に戻っていた。


訪ちゃんは意外にも簡単に収まってくれたことにホッとして


「分かった。で、さっきの答えは誰なんや?」


訪ちゃんも早くお城に登城したいという気持ちはありながらも、質問を出されたら答えを知らなければ気がすまないタイプらしい。


先輩は指を立てて


天智天皇てんぢてんのうよ。天智天皇はまだ即位する前の中大兄皇子なかのおおえのおうじだった時に漏刻ろうこくという水時計を作って時刻を測るということに興味を持ったの。その後即位してから大津宮おおつのみや遷都せんとしてしばらくした頃だったわ。天智天皇はその漏刻を用いて時刻を測り、鐘楼しょうろうで鐘を鳴らして大津宮に時を伝えたの。天智天皇が時を初めて伝えた天智天皇10年の4月25日をグレゴリオ暦に変換して6月10日を時の記念日に定めたの。訪、今年の6月10日はいつかしら?」


今年の6月10日は・・・3日前の木曜日・・・私達が明石城に行こうと決めたのも3日前・・・


私はアッと気づくと口に手を当てた。


訪ちゃんも気づいたのか少しビックリした顔をして


「そんなことまで考えて明石城にしようと思ったんか・・・」


そう言って感心した。


気づいた私達に先輩はニコっと笑って


「そうよ、城下さんが入部してくれた日が6月10日、何気ないことだけどそういう思い付きって物事を面白くするのよ。きっと誰も気づかないわよって、天護あまもり先生も笑っていたわ。」


そう言って虎口先輩は嬉しそうに日時計を眺めた。


6月10日は時の記念日、だけど先輩にとっても私が城探部に入部した記念日、その記念に時の街のお城に部活しに行こうと考えてくれるなんて、なんてロマンがあふれる粋なはからいなんだろう。


私はなんだか気持ちが高まってまぶたが涙で重くなった気がした。


私、一瞬でものんきにパンダに会いに行きたいなんて思って、本当に馬鹿だなあ、こんなにも先輩達が私が入部したことを喜んでくれているのに・・・


私は目からほおに流れ出た大粒の汗をハンドタオルで拭き取るのに忙しくて目の前が何も見えなくなっていた。

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