三十六の城

とき打ち太鼓の侍ロボの舞に後ろ髪をかれつつも虎口こぐち先輩に従って私は歩を進めた。


明石城の跡地は明石公園と言ってお茶室のある庭園を復元したり、広大な大名屋敷の跡地に球場を作ったりしていてお城以外にも比較的公園としての機能が充実しているようだった。


明石城は大阪城と比べると視界が広くお城の石垣全体を見渡せるようだった。


大阪城と比べると山の上に石垣を敷き詰めたからかな?


公園部分の広さを見ると大阪城よりは広くはない感じはするけど、それでも石垣の持つ迫力は見応え充分で見栄えが良かった。


先輩は私が山の上の石垣に気が行ってるのを見ると


「今私達がいる公園部分と主郭しゅかくがお城だと考えているかもしれないけど、ほとんどのお城に言えることだけど明石城を含む近世城郭きんせいじょうかくは特に本当の規模きぼは町中に及ぶのよ。明石城は駅を超えて海から運河を掘ってその運河を港として活用しながら巨大な外堀に見立てていたの。それと惣堀そうぼりと言えるかはちょっと微妙だけど武家町の外周に掘って守りにしていたの。」


お城の中に武士の町を作って住まわせていたんだ。


そして先輩は私が惣堀ってなんだろうと思うまもなく先回りをして


「惣堀っていうのはお城の主郭とは別に市街地に巡らせた堀のことよ。堀で街全体を取り込むことで有事の際は町を守るのよ。」


そう教えてくれた。


「山には剛の池と言う大きな池があってその池の範囲から港までの町割りもお城に含むと現在私達がいる主郭から大きく明石の街のメインストリートは殆どお城だったことになるわ。」


明石の町のメインストリートまで足を運んでいないけど聞いて想像するだけでも結構な広さを持っている気がした。


「お城の外には明石川も流れているから外の川も活用して相当な防御網ぼうぎょもうを持っていたことになるわね。」


そう言って私に教えてくれると虎口先輩は風に吹かれて耳に掛かっていた乱れた髪を後ろに流した。


私は今まで気づいていなかったけど先輩が私に教える時の説明の仕方はなんとなく授業中の天護あまもり先生に似ている気がしていた。


「うちは実は結構な長い期間、現在の堀を外堀そとぼりやと思っててんな。でもあれは中堀なかぼりやねんな。内堀うちぼりは大名屋敷周辺を守ってた堀で現在の中堀が外堀、外周を守る外堀を惣堀って思ってたわ。」


たずねちゃんはあごに手を当てて考える人みたいなポーズになる。


「私は惣堀を兼ねた外堀だと思っているわ。そもそも明石城は外に走る明石川や剛の池、主郭部分の山、中堀だけでも十分以上に防御力を発揮するのよ。外郭そとぐるわは海まで防御に寄与していて港の機能を充実させるためとは言え運河までこしらえて防御を固める念の入れようよ。そういうもの全て含めると総構えそうがまえの城に相当すると言えるわね。」


そう訪ちゃんに納得の行くように先輩が説明をする。


「うーん、そうかもしれんなあ。でも明石藩は十万石の大名やのに町まで含む規模の城郭をもたされるのは結構負担が大きかったんちゃうか?」


お城が大きいと経済的に負担がかかるの?


維持費かなあ?


私は訪ちゃんの疑問を維持費ということで納得することにした。


「日本全国の藩に言えることだけど幕末を迎える頃になると多くの藩が財政難で困窮こんきゅうして商人に無理やり借金をして財政難の補填ほてんに当てては借金を踏み倒すという事を繰り返していたから、明石藩も幕末の頃になると財政難になっていたわ。更に後継者問題で将軍の養子を迎えるために格式を整える必要があって財政難に拍車はくしゃをかけたみたいね。各地の小藩が経済的に立ち行かなくなったのと同じように明石藩も財政難にはなるべくしてなったみたいよ。」


「なるほどな。」


訪ちゃんは先輩の答えに納得した様子でスッキリした顔で頷いた。


「明石藩の人は将軍から養子を迎えたんですよね。お子さんが早くに亡くなったんですか?」


いくら武士でも自分の子供に後を継がせたいと思うのは世の常だろう。


それを敢えて養子を迎えるのだから若くて亡くなったと思うのは当然だ。


「違うわ。押し付けられたの。」


先輩の予想の斜め上を行く答えに私は「えー!」と声を上げていた。


「押し付けられたんですか?その答えだとお子さんはお亡くなりにはならなかったんですよね?」


先輩は当然のようにうなずいた。


「自分の子供にはあとを継がせたいけど断れない。断れば減転封げんてんぷうも止むなしよ。家臣たちを露頭ろとうに迷わせないためには仕方ないことよ。昔は血よりも面子、血よりもお家だったから、将軍から養子を迎えることで家格も上がって幕府の覚えも目出度くなるなら自分の家族には我慢してもらうしか無かったのよ。」


私は先輩の話を聞いていると段々と腹が立ってきた。


「それは将軍の我儘わがままですよね。」


虎口先輩は私が怒っているのが少しおかしいのか少し顔が楽しそうになる。


「そうね、でも力量から言っても逆らえるはずもないから否も応も無いのよ。でも明石藩はラッキだったのよ。」


「どうしてですか?」


私はぷりぷりと怒りながら反問すると


「将軍の子供に後を継がせたのは継がせたのだけど、彼は20歳の若さで亡くなってしまったの。そこで養子を取らされたお殿様の息子、本来あとを継ぐべき嫡男ちゃくなんがあとを継ぐことが出来たの。しかもその嫡男はなんと71歳まで生きたのよ。」


すると側でずっとふんふんと聞いていた訪ちゃんは


「なんや、元鞘もとさやかいな。」


とツッコミを入れた。


私は心の中でこの世の中には神様はいるのだな。


若死にした人を悪く言う気はないけれど将軍の都合通りに行かなかったことは私は口が悪いけどざまあみろと思ってしまった。


そして結果的に上手く元の鞘に収まったのだ。


「城下さん、今思い知ったかって思ったでしょ?心の中の声が顔に出てるわよ。」


先輩は私の顔色が少し変わっただけで私の気持ちを読んだかのようだった。


エスパーみたいなその能力、さすが先輩だな・・・


私は心の中だけでも下手なこと言えないやそう思って先輩の前では邪悪な考えは絶対にしないでおこうと思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る