三十一の城

電車の中で悪夢やたずねちゃんに圧迫を受け予定外の疲労感を味わってしまったが私は無事に明石あかしの駅に降りることが出来た。


電車を降りると寝起きでぼんやりとしていた訪ちゃんが目をパチクリさせて周辺を見渡し、途端に元気になって小学校低学年の子供のように降りたホームの正面のホーム柵まで駆け寄った。


「きたできたで!明石城に!」


そう言って遠くの景色を見て振り返らずに私達を手招いた。


私は訪ちゃんの側に急いで駆け寄ると目の前には2つの白いやぐらとその2つの櫓を繋ぐ長い漆喰壁しっくいかべが私の目の前に現れた。


大阪城よりも小さいけど東西に長い石垣を持つお城が目の前に広がる。


悪夢で疲れていた私の体も一気に明石城に意識を持っていかれて疲れを忘れてしまった。


「明石城は駅から見えるお城として結構人気があるのよ。ホームをお城に作った三原城、ホームから天守が間近に大きく見える福山城。ホームから遠く白が生えて見える姫路城、ホームから城郭を見渡せる明石城、山陽地方のお城は街道の交通の要衝をしっかり抑えて作られているから当然交通の要所に作られる電車の駅とも縁が深いのよ。」


虎口こぐち先輩が明石城の2つの櫓を見つめながらそう教えてくれた。


訪ちゃんも2つの櫓をキラキラした目で見つめていたが、天護あまもり先生が


「あゆみの言う通り神戸線は交通の要所だから電車も凄く多いのよ。柵があるからと言ってそんな危険なところでお城を眺めてないで駅の改札を出てじっくり安全なところから眺めなさいな。」


とあっさりした様子だ。


そして途端に雰囲気を暗くして


「この神戸線はね・・・一ヶ月に最低一回は必ず事故を起こす路線なの・・・日本全国で人身事故が最多の路線なのよ・・・」


電車にあまり乗らない私と訪ちゃんは神戸線の事故の多さを知らない、私達は顔を見合わせると不穏ふおんな空気が流れる。


先生は私達の様子を確認すると声のトーンを落として


「その理由はね・・・ホームの端に近づく者の足を見えない手が線路に引きずり込むからなのよ・・・あんたら自殺者の霊に引き込まれたく無かったらさっさと改札を出なさい!」


と悪霊に取りかれたような顔で私達に脅しをかけた。


私と訪ちゃんは体中に悪寒が走ったような気がして「ひょえー」と訳のわからない叫びを上げてホームを離れ改札を飛び出していた。


「先生・・・からかいすぎですよ。」


虎口先輩はあまりの勢いで階段を駆け下りた私達を逆に危ないと思ったのか先生に苦言を言った。


すると天護先生からは意外な答えが返ってくる。


「あら、あゆみ、あなたは信じていないの?」


先輩は先生の顔をマジマジ見ながら


「まさか・・・神戸線は事故は確かに多いとは思いますけど最多ではないですよね?」


と冷や汗をかく。


「最多は本当よ。酷い時は一日に二度事故を起こすこともあるんだから。」


先生の顔に嘘の影は見られない。


先輩は先生が最多は本当よと言ったことを聞き逃さずに


「”最多は”って言うことは幽霊の話は嘘って言うことですよね。」


余裕を見せて言ってはみたが、先生は


「さあ、どうかしらね。」


と笑顔を作って階段を降りていった。


先輩は振り返って線路を見ると悪寒が走ったような気がした。


「天護先生、置いて行かないでくださいよ!」


と先輩は慌てて先生を追いかけていた。



私達は改札を出ると走ったからか体が熱くなってしまって喉が渇いていた。


訪ちゃんも多分それは同じだったのだろう自然と財布に手が伸びて自動販売機でコーラを買っていた。


私もそれが羨ましくて財布からコインを150円取り出すと爽健美人そうけんびじんと言うお肌に優しいお茶を買っていた。


明石の駅はホームは小さかったけど意外に改札口は小綺麗こぎれいでそんなに大きくはないけど確かに小さな駅ビルが配置され、南側の出口にはお店もそれなりにありそうで確かにここなら先生がゆっくりと甘い物を食べるのに困らないだろうと思った。


そして私達二人は流石に北側出口のお城の方に目が行っていた。


駅の目の前には二車線の道路が走っていたが横断歩道を渡ってしまうとすぐ目の前には水位が地面に近い堀と低い石垣が目に入る。


こんなに近い位置にお城があるなら天護先生がカフェでスイーツを食べた後でも私達に追いつくには簡単だろうなとふと考えていた。


訪ちゃんは私の横から堀と石垣を見つめながら


「明石城は見ての通り城が駅と近いから物凄い手軽やし、現存する建物は私らがホームで眺めた2つの櫓だけやけど、石垣の遺構がお城に来たって言う雰囲気を盛り上げてくれて凄く良いねん。」


そう言って笑顔を見せてくれた。


「私もホームで見た時に凄くワクワクしたよ。」


私は訪ちゃんの笑顔に悪夢も疲れもすっかり忘れて、ホームで見た2つの櫓に、さあお城に行くぞと気持ちは十分高まっていた。



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