拾五の城

「ほんましょうがないおばはんやなあ、なんであゆみ姉はあんな人に好き勝手させてるんや。」


たずねちゃんは飄々ひょうひょうとミライザにクレープを食べに行った天護あまもり先生に苛立いらだちを隠せず虎口こぐち先輩に怒りをぶつける。


「天護先生は大切な顧問こもんよ、それにああ見えても結構色々と働きかけてくれてなんとか経費を捻出ねんしゅつしてくれてるんだから、表層ひょうそうだけ見て文句を言わないの。」


虎口先輩は訪ちゃんをたしなめる。


「でも部活は仕事やろ、経費は確かにありがたいけど少しは部の顧問らしいとこ見てみたいわ。」


訪ちゃんも経費に関してはありがたいと感じているのだ。


だけど教師らしくないところは白黒はっきりした性格の訪ちゃんにはどうしても認めたくない部分なのだろう。


少なくとも私はそう感じた。


「去年、部の先輩二人が大学受験で引退して私一人の部活になってしまった時に、存続に必死になって動いてくれたのは天護先生なの。一人の部なんて部じゃないわよね。その時1年だった私は結局は手をこまねいて見ているしか出来なかったわ。訪が入学して私と活動してくれるようになって部の立場はマシになったけど、それまでは天護先生の努力がなかったらいつ廃部はいぶになってもおかしくなかったの。だから天護先生には私は物凄く感謝をしているわ。」


虎口先輩は冬の時代を知っているため天護先生のことは感謝しこそすれ不満はまったくないようで、訪ちゃんの不満には聞く耳を持たないようだ。


そこはもう知る者と知らない者との思い入れの差でしかない。


訪ちゃんは廃部の危機とかそういう事情は全く分からないのだ。


そこが天護先生に対する二人の気持ちの差になって現れているように感じた。


とは言え私達のリーダーでもある虎口先輩にそう言われるとさすがの訪ちゃんも何も言えず腕を組んで


「あの先生はスイーツ利権を守りたかっただけやろ・・・」


と趣のある明治風の建物の中に消えようとする天護先生の背中に向けて小さくそう嫌味を言うくらいしか不満を解消する手段がなさそうだった。


「ところで城下さん入部ありがとうございました。本当に感謝しています。」


虎口先輩は改めてお礼を言ってくれた。


「二人しか居らんかった部にとっては神様みたいな存在やな。」


訪ちゃんは茶化して言うが真に受けた先輩は


「本当に神様ね」


と真顔で私の顔を見つめて来る。


その先輩の技・・・とっても恥ずかしくてモジモジしちゃうんですよね・・・


「そんなこと・・・ありません・・・」


美人の先輩に見つめられて私は照れくさくなって顔を赤くして俯いてしまった。


「そんな事あるわ。助かりました。」


先輩は恥ずかしくて俯いた私をまるで励ますかのようにそう言って感謝の気持ちを表現してくれた。


「ほんならあゆみ姉は私にはもっと感謝せなあかんな」


訪ちゃんが再び冗談交じりに言うと


「ふふふ、ほんとね。訪にも本当に感謝しているわ。これからもよろしくお願いします。」


先輩は訪ちゃんにも丁寧に感謝した。


「へへへ・・・」


訪ちゃんは誇らしげに胸を張って鼻先を人差し指でこすった。


「さて、じゃあ天護先生も部活をするように指示してくれた事だし、早速お城の散策でもしましょうか、城下さんはどこか気になる場所があったりしないかしら?」


虎口先輩は入部したばかりの私を気遣って聞いてくれたが、改めてそう聞かれると私も何も知らない立場としてはどこがどうとか中々自分の方でもまとままっていなくって『うーん』と頭の中でうなってしまう。


何しろお城のことを沢山知りたいという欲求が生まれてきたばかりなのだ。


私が答えに迷っていると


「じゃあ今日は歴史博物館に行きましょう。」


虎口先輩は私が答えに迷うことを分かっていたのか行き場所を提案してくれた。


お城の内部ではなく博物館に入館する事は考えてもいなかったのでちょっとびっくりしたが、プランのない私は虎口先輩の意見に文句は特になかった。


「お城じゃなくて大阪の歴史を勉強からスタートするんか?」


と訪ちゃんは先輩に聞いたが先輩は


「とにかく入部したばっかりの城下さんにお城をもっと好きになってもらいたくて一度見せときたいものがあるのよ。」


と微笑んだ。


訪ちゃんは先輩が何を見せたいのか気になったのか


「博物館でお城を好きになるものってなんや?」


と首をかしげて考え込んでしまった。

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