拾六の城

歴史博物館と聞いて私は天守内部の博物館だとワクワクしていた。


ついに天守に登れるんだと期待していたけど虎口こぐち先輩やたずねちゃんが足を向けた方向は天守から遠ざかる方向だった。


「先輩、歴史博物館って天守の中じゃないんですか?」


私は正直に言うと少し気持ちをスカされたような気がしてちょっとがっかりだった。


「天守も確かに博物館だし天守の高欄こうらんから眺める景色は気持ちがいいものだけど、その楽しみはもう少しだけ後に取っておいて、お城のそばにあるもう一つの博物館でお城のことを好きになってから高欄に立つともっと気持ちが良くなるわよ。」


きっと名残惜なごりおしげな顔をしていた私の顔見て先輩はなだめるようにそう教えてくれた。


しかしそう教えられたものの名残惜しさは簡単に消えるものではない、私は素人だから余計に天守に登ることはお城に行く際の大きな目的になっているのだと思った。


先輩はそんな私を気にする風もなく桜門の方面に訪ちゃんを引き連れて歩きだしてしまった。


私は少し名残惜しさを残しつつも先輩達を見失いうわけにはいかず、逡巡しゅんじゅんしながらも早足で二人の背中を追いかけた。


「天守に入っても良かったんとちゃうんか?」


訪ちゃんは私の気持ちを推し量って先輩にそう問いかけてくれた。


「いま天守に入って高欄に登っても、城下さんは遠くの景色を見て楽しめるかもしれないけど、足元の景色は見ないし、展示物の内容はあまり歴史に詳しくないから記憶にあまり残らないものになってしまうわ。今私達は近くで天守を見ているわ。今度は遠くでお城全体を見てもらうことで、もっとお城に興味を持ってもらおうと思っているの。」


虎口先輩は私により深い興味を持ってもらおうと色々と考えていてくれていたのだ。


一方私は天守に登れると有頂天うちょうてんになって申し訳ない気持ちになった。


「なるほど、天守やったら足元はみんかもしれんな。そういう意味では歴博はお城を理解するには絶好の場所かもしれんな。」


訪ちゃんは博物館に行く意味をようやく理解したのか何かを察したようだった。


そんな二人の会話を聞いて天守に登れないのは少し名残惜しいけど私の不安は薄らいだ。




三人で大手門を抜けて南に少し下ると天守からおよそ15分程度の場所に楕円形のガラス張りの大きなビルとN○Kの看板を掲げた大きなビルが横断歩道の先に立っていた。


先輩は楕円形のビルを指して、そのビルが歴史博物館だということを教えてくれた。


ビルのエントランスに入って女性の受付担当に簡単な説明を受けると先輩は慣れた感じで3人分のチケットを買ってパンフレットを受け取った。


先輩はその内の一枚を私に手渡してくれた。


そして訪ちゃんには


「ここの入館料は天護先生が経費で用意してくれたものだから後で感謝するのよ。」


と釘を差した。


訪ちゃんは不承不承ふしょうぶしょう


「分かった・・・」


と先輩に応じていた。


「パンフレットって絶対に持って帰ってしまうけど、家で見返したらすぐにゴミになってしまうねんな。うちはそういうの取っておいてしまうから結構邪魔じゃまになってしまうねん。」


と訪ちゃんは笑って言った。


「でも博物館や美術館で見たものを思い出して振り返りたいから持って帰っちゃうよね。」


と私も訪ちゃんに応じた。


虎口先輩は何も言わずに大切そうにパンフレットをかばんにしまっていた。


受付時の先輩の慣れた応対はこの博物館に何度も足を運んだ雰囲気が見て取れたけど、私達と三人で来たという思い出は先輩にとっても特別に感じてくれたんじゃないかなあと大切そうにパンフレットをしまう仕草を見て、私は勝手にそう想像してしまったのだ。


私はこのパンフレットは大切に保管しちゃうんだろうなと、ただの博物館のパンフレットに特別な思い入れを持ってしまった。


先輩の先導でエレベーターに乗ると先輩はおもむろに10階のボタンを押した。


静かにスムースにエレベーターが上昇すると気づいたらエレベーターは10階に止まっていた。


扉がスーッと開くと博物館特有の薄暗うすぐら照度しょうどを落とした照明にエアコンでしっかり調節されたちょっと涼しい空間が私達を出迎えてくれた。


エレベーターを降りると目の前の隙間すきまから音が聞こえる、そこはスクリーンで私達の到着を歓迎しつつ歴史的な雰囲気を盛り上げようとする映像が流れていた。


「そんなに長い映像じゃないから気になるなら見ていきましょう。」


先輩は映像に興味津々きょうみしんしんの私を見てそう促してくれた。


「見たら何でもない映像やけど不思議とこれ見ないと歴博に来た気にならんわ。」


訪ちゃんも嬉しそうにそう言った。


特に座れるような椅子などはなかったけど私は大きなスクリーンに映し出される映像にこれから出会うまだ見ぬ展示物を想像して私の気持ちは高鳴ったような気がした。


「私も訪と一緒で、ここに来ると絶対にこの映像を見ちゃうのよ。なんて言ったらいいのかしら、さあ、今から博物館めぐりをじっくりするぞーって思ったちゃうのかもね。」


そう言って見せてくれた笑顔は。いつもの天女のような優しい笑顔と違って少しあどけない感じが残った子供っぽい笑顔だった。


先輩でも好きなものとなるとこんなに無邪気むじゃきな可愛い笑顔を作ってしまうんだと思うとなんだか私も楽しい気持ちになっていた。


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