七の城

虎口先輩こぐちせんぱいの提案で私たちは天守へ向かうことになったが、たずねちゃんはさっきの私の言葉に気をよくしたみたいで、天守よりも他にも色々と説明したいみたい。


「さぐみん、門の横からぴょんって飛び出てる櫓があるやろ?あれが千貫櫓せんがんやぐらやねんで。」


と指差して言ってみたり


「目の前の大きな門は櫓門やぐらもんっていうて床に空いてる穴からやりを落としたりできるんやで。」


と言って私に説明したりしてくれているが、虎口先輩はそれには構わず歩を進めて行くので


「訪ちゃん、虎口先輩行っちゃうよ。」


と私がその度になんとか訪ちゃんをうながしてあゆみ先輩を追いかけるという構図になっていた。


「ここが南仕切り門みなみしきりもんや」


「これが桜門さくらもんや」


お城って門がいっぱいだな。


そう思っていると虎口先輩が


城下しろしたさん、訪、こっちよ」


と呼ぶ声が聞こえた。


訪ちゃんはもう少ししゃべりたそうにしていたが、虎口先輩の声には素直に従ってついていった。


橋を渡って桜門を右に曲がる。


お城って凄く入り組んでいて歩きにくいな、何度も右に行ったり左に行ったりたくさん曲がらされて大きな迷路みたい。


だけどゴールは突然現れた。


とても狭く感じた桜門を抜けると、そこはまるで光の国かのように開けた空間が現れ、私たちが北側を向くと右手には明治か大正かに作られたように思えるとても趣のあるお洒落な建物があり、そして正面には夕方の陽の光を受けて、まるで光輝くような白くて、大きな天守が目の前に現れたのだ。


私はごくりと息を吞んでいた。


「いつ見てもやっぱり天守は大きいなぁ!」


訪ちゃんが通い慣れた感じでそう言うと、虎口先輩は私に向き直って


「大阪城へようこそ。」


と風にたなびく綺麗な長い髪をかき上げて、まるで私を導く天女のように微笑んだ。


「凄い・・・」


と天女の導きの言葉に私は月並みの感想を一言ぽつりと漏らすしか出来ないほどの衝撃を受けたような気がした。


『これがお城なんだ!』


ただ一つの言葉が私の心を駆け巡って支配して、しばし動けずにいた。


そんな私を見て虎口先輩は


「お城ってどんなに未来的で、お洒落で、大きな建物よりも、格好良くて、壮大で、権威があって迫力のある建物だと思わない?何より心が動かされるわ。」


と誰に言うでもなくつぶやく。


訪ちゃんは


「ほんまやなぁ、」


と言葉をめるようにうなずいた。


私はあまりの感動に浮かれてしまい


「凄い凄い凄い凄い!凄いです!私、馬鹿だから上手く言えないけど、こんなに力強く私の心を刺激した建物、今までなかったです!」


私はつい虎口先輩の両手を握って今言える感動をすべて伝えていた。


虎口先輩は一瞬驚いたけどすぐに冷静になって


「私が初めて見た時もそう思ったわ。」


と同意してくれた。


そうか、私が教室で気になって目が惹かれたのも全ての理由はこれだったんだ。


とても大きくて、派手で、権威的で、でもそんなことよりも私がこのお城と言う構造物に心を奪われてしまったという事実、それこそが最も重要な出来事だったんだ。


そのように感じてしまった事実は、もしかしたらお城を作った時の権力者の術中に私も嵌ってしまったのかもしれない。


「あゆみ姉が天守に行こうって言うたのはこう言う事やったんやな。」


私の顔を見て訪ちゃんは半ば呆れたようにそう言った。


京橋口きょうばしぐち大手門おおてもんも凄く価値のある場所よ、でも、初めて見る人にとって天守を超えられるほどの驚きと価値を見出せる場所なんてあるのかしら?」


虎口先輩は傾いた陽の光に照りかえる天守を見つめてそう言った。


「あーあ、うちが色々案内したことも、全てあゆみ姉にさらわれてしまったわ。」


訪ちゃんは少し悔しそうに唇をがらせた。


そんな訪ちゃんを見て、虎口先輩は励ますように言う


「フフフ・・・そんなことないわよ、訪の見立ては間違っていなかったじゃない、この子は凄く素質のある子よ。」


訪ちゃんは


「そうや、逸材やで!」


と元気よくそう言って


「これからも沢山お城の事、勉強しよな!さぐみん!」


と天守と同じくらい眩しい笑顔で私の手を取って握手してくれた。

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