六の城

たずねちゃんが顔を鼻水でガビガビにしたのでトイレで顔を洗っている頃、私は虎口こぐち先輩と二人でベンチに座って待っていた。


初めて会った人だし先輩だから何となく何を話題にしていいのか分からず気まずくしていると、虎口先輩から声を掛けてくれた。


城下しろしたさん、さっきはごめんなさい。訪は私にとっては妹みたいな存在なの。だからあの子が誰かに迷惑をかけていると私がなんとかしてあげなきゃって思ってしまうのよ。」


訪ちゃんをお説教していた時のするどい顔とは打って変わって本当のお姉さんみたいな優しい顔になっていた。


その顔を見て『はぁ~、本当に綺麗きれいな人だなあ。』と思って、訪ちゃんがこんな美人のお姉さんと知り合いだなんてうらやましいと別の事を考えてしまっていた。


「訪って元気で明るくて子犬みたいに凄く可愛いんだけど、せっかちで早とちりで考えるより手が先に出るタイプだから、時々ああやって厳しくお説教しちゃうんだ。」


そう言って立ち上がると座っている私の前に立って


「初めて会う城下さんを前にみっともない姿を晒してしまって、本当にすみませんでした。」


丁寧ていねいに綺麗な姿勢で頭を下げてくれてた。


そんな虎口先輩の姿を見て私はあわてて立ち上がると


「はわゎゎゎぁ!そっそんな、こちらこそなんというか、えっと、いや全然悪くないというか、なんかこちら・・・こそ・・・すみませんでした!」


と頭の中が真っ白になって一緒に頭を下げてしまった。


そんな私の姿が滑稽だったのか、虎口先輩が


「ふふふふ・・・あなた、面白い人ね。」


そう言って優しく微笑んでくれた。


はわぁ~、これは女神ですわぁ。


初めて出会った時の凛とした虎口先輩の姿が笑顔になったとたん女神のように見える。


この人は私とは違う人種や生き物ではないかと呆けていると、訪ちゃんがトイレから出てきて私の肩を叩いた。


「さぐみん、何ぼーっとしとるんや?」


私はハッと我に返る。


「私がまた城下さんを混乱させたのかもしれないわ。それよりも訪、顔は綺麗に洗えたかしら?」


虎口先輩は訪ちゃんの顔に残っている水滴を優しくハンカチで拭ってあげた。


こうやって見ると本当の姉妹みたいにとても微笑ましい光景で、二人の関係は本当の家族のようなのだと確信した。


虎口先輩に顔を拭ってもらって元気を取り戻した訪ちゃんは


「じゃあ、あゆみ姉も来たことやし、そろそろさぐみんにお城の案内をしようや。」


私にお城の案内をしたくてウズウズしていたのか、虎口先輩に同意を求める。


虎口先輩もうなずいた


「そうね、せっかくだし私も同行させていただいてもいいかしら。」


虎口先輩は私に今度は同意を求めてきたが私には断る理由がないので


「はい!ご教示きょうじお願いします!」


と頭を下げていた。


「ご教示なんて、私はそんなに偉くはないわ。ところで城下さんはどれくらい城の事に詳しいのかしら。」


「さぐみんは全くや。お城の事はなーんも知らへん。」


素早く訪ちゃんが私の代わりに答えてくれた。


訪ちゃんの答えに虎口先輩が「ふむ」と少し考えて


「じゃあ今日は天守に向かいましょう。」


そう言ってニコリと微笑み、おもむろに眼鏡を整える。


アニメとかに出てきそうな美人の確立された動きだ。


「目の前に大手門あるのに天守に先行くん?」


訪ちゃんは大手門の事をもう少し案内したそうだ。


「確かに大手門には千貫櫓せんがんやぐら多聞櫓たもんやぐら見附石みつけいし、見どころが一杯だけど、何も知らない人に突然それらを案内しても、理解しがたい事だらけで、私たちの知識を押し付けるだけになってしまうわ。それはただのエゴよ。」


虎口先輩は訪ちゃんをさとすす。


「押し付け・・・さっきのうちもそうやったんかなぁ・・・」


訪ちゃんは虎口先輩の言葉で一連の行動を恥じるように小さく言った。


私は訪ちゃんに傷ついて欲しくなくって


「そんなことないよ。そりゃ『これが肥後石や!』って鼻息荒く言われた時はなんて言っていいか分からなかったけど、訪ちゃんのお陰で分からなかった事も知れたよっ。」


と伝えると彼女はパッと明るくなって


「そうかぁ、うちの行動もさぐみんのためになってたんやなぁ。」


と照れて鼻をこすった。


「訪、あなた城下さんの優しさに甘えてないで少しは反省しなさい」


虎口先輩は嗜めたが元気になった訪ちゃんはあまり聞いてなさそうだった。


『はぁ』虎口先輩の心の中のため息が私には聞こえたような気がした。


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