八の城

天守てんしゅの西側の石段を登って私達は大阪の街を眺めていた。


少し蒸し暑い6月の空の先端が少しオレンジ色に染まりつつあった。


たずねちゃんと二人で大阪の街を眺めていると、まるで今日出会ったばかりの二人ではないくらい親密になった気がした。


「うちこの本丸ほんまるから眺める景色が好きや、夕方になると太陽があそこのビルに沈んでいくねん。」


そう言って訪ねちゃんは遠くのビルを指差す。


「東京でも珍しくもない景色やろうけど、大阪の景色も決して捨てたもんやないやろ。」


と初めて顔を合わせたあの授業中の時みたいにニカッと笑顔を見せた。


「うん!」


と私も笑顔で頷いた。


「おまたせ。」


近くの自動販売機にお茶を買いに行っていた虎口こぐち先輩が私達に声をかける。


私達は手を振りかえした。


虎口先輩は石段の一番上に座ると私達を手招いてくれたので、私達も先輩の隣に腰を掛ける。


「ほら見て、ここから見ていると色んな人が天守と一緒に写真を撮ったり、お城について語り合ったりしているわ。」


「ほんとだぁ」


「なんだかんだ言いながら、天守はやっぱりお城の中でも特別な施設なのよね。それはどれだけお城のことを知ろうが変わらないわ。」


虎口先輩は大阪城の大きな天守を眺めてそう、嬉しそうにつぶやいた。


「まあ、やっぱりそうやな。でもうちはその道中も同じくらい楽しんでもらいたいと思うんやけどな。」


訪ちゃんは先輩に同意しつつも『天守だけが城やないんやで。』と言いたげにそう言ったが、お城初心者の私はただただ天守の壮大さに気圧されるだけで何も言えなかった。


「大阪城は現在の日本で一番大きな天守を持つ城だから余計に圧倒されちゃうわよね。」


そう呟いた虎口先輩は恋する女性の顔みたいになんだか艶っぽくって私はなんだがもじもじしてしまう。


「すごくお城が大好きなんですね。」


何故か私は照れながら言っていた。


「そうよ、こんなに立派で壮大なもの、好きにならないわけはないわ。」


そう堂々と胸を張って言い切った虎口先輩を私は格好いいと思う。


「あゆみ姉は城の存在さえ感じられたら天守が無かろうが石垣がなかろうが手間を掛けずに痕跡こんせきを探そうとするからな。」


訪ちゃんは茶化すように言ったが、それだけで先輩が生粋のお城好きというのがかんたんに伝わってきた。


現在存在しないものの痕跡を探すなんてとても私にはできそうにもない。


「何もなくても地図からでもその壮大さは読み取れるわ。それにお城には絶対になにか痕跡は残っているのよ。」


「うちはもっと分かりやすいお城がやっぱり好きやわ。変態のあゆみ姉みたいには一生なれんな。」


訪ちゃんは虎口先輩をからかうように言った。


「ふふふ・・・変態扱いなんて失礼よ。それに私は分かりやすいお城も大好きよ。」


二人の慣れ親しんだ者同士の流れるような掛け合いを見て私の心はより和やかな気持ちになっていた。


「そういえば大阪城って豊臣秀吉が作ったんですよね。こんなに大きなお城を作るなんて物凄いですよね。」


歴史に詳しくない私は物凄く月並みな質問を恥ずかしげもなくぶつけるチャンスだと思い聞いてみたが訪ちゃんから素早く意外な答えが帰ってきた。


「さぐみん、今の大阪城は正確には徳川家が作ったんやで。」


『えっ、そうなの?私の記憶が正しければ大阪城は豊臣秀吉が作ったっていうのが定説だったのに、私はなんにも勉強できてなかったのか、だって日本史のテストにはそんな問題なかったもん。』


と言いたかったが驚愕きょうがくのあまり声が出てこなくてただただ唖然あぜんとしてしまうだけだった。


「そうね、でも天守は大阪府民が作ったのよ。だから徳川の城と完全に言い切るのは違和感を感じるわね。」


虎口先輩は訪ちゃんに更にかぶせるように言った。


「はいはい、あゆみ姉はその辺ほんま厳しいわ。」


とプクッとほおふくらませた。


私は二人の会話を聞いて『これだから歴史は意味がわからないことだらけで苦手なんだ・・・』と頭の中に?マークがワルツを踊っていた。


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