一の城
そんなこんなで私は大阪の
いや、しなければならなかったのだ。
悲しいけどこれが運命なのね。
父と母は引っ越してからは片付けもそこそこに父の休日の日には二人で京都に行ったり奈良に行ったり楽しんでいるようだった。
一方私はといえば仲の良すぎる夫婦が旅行を楽しんでいる間は家にいて本を読んでいる。
いくら読書が好きだとは言え、家で本を読んだりスマホゲームしたりを繰り返していれば飽きも来るというものだ。
こういう時に東京ならば中学の友達と仲良く遊んだりできるものを、住んだ事のない知らない土地で内気な女子が一人でできることと言えばタカが知れている。
せいぜい近所の散歩くらいなものだ。
どうやら私は大阪の中心部である大阪市内に住んでいるらしく、近くには何やら大きな公園があって、公園内のライブ会場では定期的にライブが行われているらしい。
転勤には転居費用や家賃補助が付くとはいえ、セキュリティーのしっかりした綺麗なマンションに引っ越しできたのは父が知らない土地で不自由させまいと努力してくれたことは、世間知らずの私でも想像は十分につく。
憧れの志望校を捨ててまで引っ越ししなければならなかった事を差し引いても父には感謝しなければなるまい。
父は転入の際にも好きな学校に通えるように色々と気を配ってくれていた。
一緒に色々と悩んでくれていたような気もするけれども、私の転入する学校は意外とすんなりと決まった。
行きたい学校に行けなくなった私の希望は家に近いことだったのだ。
城跡高校に決めたのは家から歩いて通える距離だったからだ。
以前の学校とそれほど偏差値の差のない学校だったのも幸いで、はじめ東京から引っ越してきたことから周りからは物珍し気に見られたり、クラブに誘われたり、色々と気疲れして目が回るような1ヶ月だった。
城跡高校は少し品の良い学校らしく大阪特有の対抗心からくる東京者というレッテル貼りや、よそ者扱いというのはなく、今のところは付かず離れず私は快適な生活を送らせて貰っている。
そんな少しだけ大阪の生活に慣れて余裕ができた頃、授業中にふと窓の外を眺めていると遠めに見ても、大きくて、派手な日本家屋が私の目に飛び込んできたのだ。
なんだあの建物は、そういう好奇心がなぜかくすぐられた。
白い高層の建物で緑の屋根瓦がさらに主張している。
歴史に興味のない私でもそれが何なのかはすぐにわかった。
お城だった。
へえ、この学校ってお城が眺められる距離にあったんだね。
忙しすぎて遠くを見ることができていなかったよ。
そんなことを考えて、ふと目を窓から少し黒板へ傾けようとすると私の座っている左斜め前の少し日焼けした活発そうな女の子も窓の外のお城を眺めてニヤついていた。
あんな歴史と縁遠そうな外でスポーツしてる方が似合いそうな女の子がお城を眺めてニヤついてるなんて、ちょっと変な人かもしれないなと思いながらも彼女から目を離せずにいた。
彼女を眺めていてしばらくすると彼女の方も私の視線に気づいたのか私に目線を送るとニカっと笑顔を見せて小さく手を振ってくれた。
折角手を振ってくれたのだからと私も少しはにかんで小さく手を振ってお返しするとそのやり取りを見ていた教壇の先生も私に向かって手を振ってくれた。
私はみんなに笑われることとなってしまった。
午前中の授業が終わって、お昼休み、私はサッとパンを食べてしまうと、図書室へと足を運んでいた。
校内では緊急連絡時以外に自分のスマホを触ることは許されていない。
とは言いつつも暗黙の了解でスマホを触ったりもするのだが、それでも大っぴらに触ることはなんだかためらわれる。
そして何より私は本が好きなのだ。
図書室で休憩時間を使って本を読むことくらいはわけもない。
私は少しくらいは住んでる地域の知識位は得ようとして窓の外の城の情報を知りたかったのだ。
家でスマホを見ればいい、そう思うかもしれないけれど、違う。
本で知識を得る、それもまた楽しいのだ。
図書室に入るとお昼に訪れた生徒は私一人らしく、小柄な図書委員が一人カウンターに座って本を読んでいるくらいでとても静かだった。
さて、地元だし簡単に外のお城の情報が得ることができるだろう、と、思って頭文字「お」の本棚に向かって歩いていると、ふと閲覧テーブルの上におもむろに置かれた本が目に入った。
それはおあつらえ向きにも「豊臣氏と大阪城」というタイトルの本だった。
図書室内には私と図書委員しかいない、本を読んで返すのを忘れてしまったのだろう。
私はそれを読むことにした。
椅子に座って本を手に取って、表紙をめくる、そこには歴史が苦手な私が目も眩んでしまうような頭が痛くなりそうな本だった。
ちょっと頭がくらくらして詳しくは覚えていないけれども大阪城は昔は「大坂城」と言われていて、豊臣秀吉が作ったらしい。
豊臣秀吉がどんな人かはいくら歴史が苦手な私でも少しは分かっているつもりだ。
戦国時代に百姓から天下を取った天下人、冬には織田信長の
よし!
自分には歴史は向いてないと思いなおして表紙を閉じると、少し暖かい陽気に眠気を促されてポーっとしていた。
しあわせ・・・
だけどそんな幸せな時間を邪魔するかのようにどたどたと廊下を走る騒がしい足音が図書室の静寂を打ち破った。
足音は図書室の引き戸の前で消えたかと思うとガラリと図書室の引き戸が開かれる。
開かれた先に現れたのは、同じクラスで小さく手を振りあった活発そうな女の子だった。
いかにも図書室が似合わなさそうだったけども、どうやらその予想は間違えではなかったようだ。
彼女は何やらけたたましく図書委員に近づくと
「ちょっと聞きたいんやけど、さっきうちが借りた本、ここに忘れてなかったかな?」
本をなくしてしまった罪悪感からか焦りからなのか少し口調きつめに質問する
「またなくしたんですか!?」
小柄で大人しそうな図書委員もウンザリしているのかあきれた声で反問した。
「ほんまにごめんやで」
と手で拝む
「でも今回は違うねん!」
「何が違うんですか!?」
「多分やけども、この図書室でなくしてん。」
女の子は痛そうな申し訳なさそうな顔でそういうが、図書委員もだんだん地が出てきて
「多分って何なん?憶測で物言わんといて、先生に報告して謝ってきて!」
「ごめんて、絶対ここにあるから!」
今にも土下座しそうな勢いで拝み倒すと
「えーっとな、あゆみ姉に借りてきてって言われて3限の時にお願いされた時に少しつまみ読みして、したら急に授業のチャイムが鳴って急いで教室に戻って、その時にテーブルに置きっぱなしにしてしまってん。」
図書委員は
余りの慌ただしさに私はすべて聞いていた。
テーブルに置きっぱなしの本、それは紛れもなく私の手の中にある歴史の本だった。
申し訳ないけど、あんな歴史とか本とは縁遠そうな女の子がこの本を借りて読むの!?
内心驚きと同時に笑いが込み上げてきた。
これってギャップ萌えっていうのかな?途端にあの子が凄くかわいく見えてきた。
とはいえあの子がこのままけたたましくしていると図書委員の子がかわいそうなので私は本を手に取って手を挙げて
「ねえ、あなたの言う本ってこれの事かな?」
申し訳ないけど彼女にそぐわない歴史の本を彼女に見えるように高く上げた。
「それや!それそれ!ほんまありがとう!感謝するわ!図書委員の子も怖いけどもあゆみ姉も図書室の本なくすと怖いねん。助かるわぁ。」
と早口に言った。
「私が怖いですって!あんたがなくしてばかりだから怒るんでしょうが!!」
図書委員が後ろで噛みつかんばかりに怒っていたが、彼女はそれを無視して
「ありがとうな、城下さん。」
と言った。
ありがとうと感謝されたことにも驚いたが、彼女が私の名前を知っていたのはもっと驚いた。
私は彼女の名前を覚えもしてないのに・・・まあ、私は転校生だし、みんなに名前を知られてても当然なのかな?
とは思いながらも
「どういたしまして、えーっと」
私が彼女の名前を思い出そうと言葉に詰まってるのを彼女は素早く察して
「私は
と元気よく返してくれた。
彼女との出会いはとてもけたたましくてインパクトのある出会いだったけど、おかげで人の名前を覚えるのが苦手な私でも、堀江さんの名前だけは脳内に焼き付いて絶対に忘れることができなくなってしまったのだった。
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