第19話 大会前日

 トーラ・フロスト。魔法使いの冒険者だ。小さな村を出て、都会で6年ほど暮らしている。再三、人に裏切られ、とうとう僕は人を信じることができなくなった。


 怒りもおさまらないので、騙したやつに鉄槌を下す。


 そう思い、まずは、僕が魔力切れで動けないことをいいことに、大会の賞金をちょろまかしたジョナサンを探していた。

 手がかりも少なく、捜索は困難に思えたが、カミラの魔眼ですぐに痕跡が見つかった。


 それを追っていたら、なぜか学院まで来たのだが……


 今。目の前では、リン、


「そんなことだとは思わなくて……ごめんなさい!!」


 が、深々と頭を下げている。

 カミラがジョナサンと同じ魔力を感じたというから困惑していたが、衝撃の事実がわかった。

 リンとジョナサンは兄妹らしい。


 二人は両親を亡くしており、ジョナサンはリンの学費を稼ぐために冒険者をやっている。リンが必死に学費をどうにかして欲しいと学長に交渉していたのは、学費のせいでまともな飯を食べることができていない兄を思ってのことだったらしい。


 学費交渉に条件をクリアするために僕を師匠に選んだそうだ。


 その後、僕に師匠になってもらうために、豪華な学食を頼んだため、1週間ほど昼食を我慢したらしい。


「このお金は全額お返しします……本当になんと言えばいいか……すみません。」


 事情はわかった。そして、僕もまだ、人の心を捨て切れてはいなかったらしい。


「いいよ……全額学費に充てるつもりだったんだろ」


 確認したが、大会の賞金は一切手をつけられていなかった。リンの話だけは信じても良さそうだ。そう言うことなら言ってくれれば……


 いや、多分あの時の僕は信じていなかっただろうな。


 どちらにせよ、騙されたという記憶が強く残っている以上、俺はジョナサンのことを許すことはできないだろう。


 リンは目を丸くして僕を見た後、声を出して泣きくずれてしまった。


「お、おい……」

「女泣かせな男ですねぇ……師匠は立派です!」


 カミラが何か言っているが無視。


「まぁ、何はともあれ一件落着か。よかったのトーラや」


 いや、ここで終わらせては、根本の解決にならない。リンが困り続ける以上、またジョナサンは他人を不幸にする。


「学長、こう言うのはどうでしょうか。優秀かつ、お金に困っている生徒には、学費の免除か、学費を卒業後に払ってもらう制度というのは」

「うーん」

「当然、学院にとってもメリットはあります。一つは学費のせいでそもそも受験しなかった優秀な人を集められること。もう一つは、成績が優秀な層の拡大です。順位以外に目に見える形で、能力に対する報酬があれば、生徒がより一層モチベーションを高くして勉学に励めるはずです。これは学院の評価を上げることにも繋がり、免除額以上の増収にもつながると考えます」


 学長は感心したように首を縦に振った。

 取り入れは前提として、基準などについては今後検討していくつもりらしい。

 そして、今回は特例ということにして、リンは学費の全額免除を受けることになった。


「しーしょーおおおお!!」

「よかったなリン。ジョナサンにも伝えるといい」

「今度二人で感謝の表明をいたします……っ!!」

「いや、それはいいかなぁ……」


 できればもう会いたくないし。

 とりあえず、ジョナサンについては解決……かな。




 大会前日。


「じゃあ、トウダイに向けて、このクラスのチーム分けを発表する」


 トロウキヨ学院合同選抜大会。通称トウダイ。

 トロウキヨ中の魔術学院と武術学院が合同となって行う大会で、毎年夏休み前に一ヶ月かけて行われる。


 1クラス5人の選抜者を選び、二チームが実戦で競い合う。


 うちの学校だけでも大体一学年10クラスで、一年生から六年生まで存在するため、およそ60チーム。

 そしてトロウキヨには学校が役30校あるので、単純にそれの30倍のチームが参加する巨大な大会となっている。


 毎年会場周辺は大賑わいし、書き入れ時だ! と店が一点集中する。そのせいでその期間は、仕事終わりのご褒美として買っていた、言言鳥ゲンゲンドリの焼き鳥の店も閉まってしまうので、あまり好きではなかったが……


 まさかそれに出る羽目になるなんて。


「特に捻ったことはしてない。これまでの授業で実践に強いと感じた人間を上から取っただけだ」


「さすがクロクスさんですね!! 一等じゃないですか!」


 嘆かわしい。まさかあれを入れることになるなんて。仕方ないだろ。あいつ才能だけはあるみたいで、教えたことぐんぐん吸収して強くなるんだから。


 正直今一番教えていて面白い生徒ではなかろうか。あの性格さえどうにかなれば良いのだが、多分そうにもならん。


 他のメンバーはリン、コウメイ、クリーフ、そして僕。




「え? 教師も参加するんですか? 流石に試合にならないんでは……」

「最高学年の生徒以外は基本勝てんわな! わっはっは! この大会はそもそも最高学年の戦闘力を基準にしとるもんじゃし、最高学年ともなれば教師もかなわんやつなんてゴロゴロおるからの。そういうわけで教師も参加OKなんじゃ。下級生はほんと可哀想じゃわい!! わーっはっは!」



 大会のことを聞いた時の出来事だ。

 学長曰く、そうことらしい。すごく楽しそうにそうおっしゃっておられた……。


 そもそも、腕があるなら教師ではなく、冒険者の方がよっぽど稼げるので、わざわざ制約も多い教師はしない。

 学長とかの一部例外を除けば、基本、AとかBとかの冒険者の方が強いのだ。


 ということらしい。


「今大会は勝つつもりで行くぞ」

「はいっ!」と、リンだけの返事が返ってきた。


 威勢のいいクロクスもこれには、何を言ってんだこいつ、みたいな顔をして固まっている。


 まぁ、そういう反応になるよな。下級生は大会は勝つとこというより学ぶところという認識が強い。全力で挑もうが、勝てるわけがないという認識だ。


「安心しろ。俺の実技授業を受けてきた者たちは皆、Aランクの魔法使いにも引けを取らないレベルの力を身につけている。言っても信じられないと思うが、まぁ、一回戦ですぐにわかるから、心配せず今日はゆっくり休んで明日の試合、試合観戦に備えること」


 激励したつもりが、へなへなっとした返事が返ってきた。うん……大丈夫大丈夫。明日なんとかなるさ。

 あまり締まらないまま大会当日を迎えてしまった。

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