第8話 助走

「おい……今、あいつ、剣聖と打ち合わなかったか……?」「いやいやいやいや、バカ言うじゃねえよ。相手はあの評価SSだぞ? 見間違いだろ」「そうだろ……あいつはランクBだし……」


 驚いているのは、会場の人間だけではなかった。


「う、う、うそだろ?! 見える、見えるぞ!! 剣聖の剣が!!」


 一旦距離をとったジョナサンが、自分の手を見て震える。


「いつも通り戦ってください」


「お、おう!」


 評価Sは別格だ。ランクを上げるには、該当ランクの魔物の討伐と、討伐ポイントを両方満たす必要がある。

 討伐ポイントとは、各魔物ごとに割り当てられているポイントで、強いほど上がる。


 ランクAまでは、順当に行けば冒険者を引退する頃にはすでになっており、才能があれば若いうちからでもなれる。


 だがランクSは違う。


 ランクSは、まず当然のごとくランクS指定されている魔物を討伐しなければならない。それだけでもできる冒険者はかなり絞られるのに、それまでと違って討伐ポイントが魔物のランクがA以上でなければつかなくなるのだ。


 そして、今相手にしているのは評価SS。冗談や、誇張抜きでの人外バケモノである。


 ……と、この都会に来て習ったが。


「ちっ、手加減しすぎたか。さっさと死ねや!」


 すぐさま切り替え、ソレイドが踏み込む。

 先ほどと同じように単純な速度のみで、ジョナサンを仕留めようという魂胆だろう。


 僕はすぐに薄青色のオーラを杖に纏わせる。

 マッドベア戦で見せた氷結魔法だ。

 それを、踏み込む瞬間に合わせてソレイドの足元に発動させた。


 これがまず一つ。


 踏み込みを浅くした後、体が進み出したのを見計らい、杖に薄緑色のオーラを纏わせる。

 魔導学院でカカシを吹き飛ばした風魔法だ。

 ソレイドの向かい風となるよう、強めの風を発動させる。


 これが次の二つ。


 肉薄し、剣を振り上げる瞬間に、僕はそこで再び薄白色のオーラを纏わせる。

 これは防御魔法だ。魔法の力で物理障壁を作るもので、一つ一つの強度はそれほど高くないため、かなりマイナーな魔法である。

 それを剣先から剣の柄まで、一斉に展開する。


 ここまでして、ようやくランクBの冒険者が受け止めきれる剣速となるのだ。


 ガキン!!


「お……おい、やっぱり見間違いじゃねえぞ……」「あ、ありえねえ……」「ランクBが……ランクSSの剣を受け止めるだと!?」


「見える……攻撃が見えるぞおお!!」


 元気ずくジョナサンとは対照に、ソレイドは青筋を立てて歯噛みしていた。

 おそらくあの様子だと気づいていないはずだ。

 どうして、自分の体がいつものように動かないのか。


「ま、待て! 確かに剣は受け止めてるが、剣聖の動き明らかに遅いだろ!」「そ、そうだ! 確かに。」「そうだよ! 盛り上げるためにわざと接戦を演じてるんだよ!」「いやあ、剣聖さんも粋な事するな!! ははは!」


 刹那、魔法発動の気配を感じた。

 見れば、あの魔法使いの方から、ジョナサン目掛け直径1メートルほどの火球が飛んできていた。


 当たれば退場はしないだろうが、次戦で不利になること間違いなしの威力だ。


 迷わず、杖に薄水色のオーラを纏わせる。


 発動と同時に、火球を上回るサイズの水球が爆ぜた。


 驚愕の表情をする魔法使いミル。

 だが、何か言うより先に、魔法の発動に気づいたソレイドが叫んでいた。


「おい! 貴様は黙って突っ立ってろと言っただろうが!」


「す、すみません!」


 控えの選手らが待機する裏で、先程の魔法を見た後衛の選手たちが息も忘れるほど驚いていた。


「な……なあ……今の魔法発動速度みたか……?」「あり得ねえよな……魔法を魔法で撃ち落とすとか……」「デモンストレーションだろ……狙ってできるわけねえよ!」「というかアイツら何者だよ! 誰か知らないのか!? 特にあの後ろの魔法使い! 魔導学院の何回生だよ!?」「知らねえ! あんな化け物いたら伝説になるはずだろ! 魔導学院の卒業生じゃねえんじゃねえのか?!」


 ソレイドが大きく飛び下がる。


「もういい。一人ずつ殺してやるつもりだったが、一気に殺してやるよ」


 前に掲げた剣が光を帯びる。

 この大会は平等性を保つために、武器は全て貸し出されている。ソレイドの剣も例外ではない。


「トーラ! な、なんかでかいの来るみたいだぞ!」


 流石に、あれはまずい。

 僕も遠征で何度か見た事ある。あれはソレイドの奥義だ。

 魔力を圧縮し、斬撃として飛ばす技。


 幾多の魔物を両断しては、回収がめんどくさくなるからとキーラに怒られていた。


 だが、僕の村ではそのくらいやってのける人なんてたくさんいた。


 都会に出てきてから、評価Sや、SSは人外の化け物だと習ってきたが……


「僕はそうは思わない」


 都会の人間は信用ならない。

 多分こんな大したことない技が、SSランクの奥義だなんて馬鹿げている。

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