第6話 仲間

 リンと別れて一人森の中。火炎魔法で周囲を照らしながら魔物を探していた。


 そして、今、目の前には3メートルは優に超える熊の魔物がいた。


 地表に露出したダンジョンや、森などは夜間と昼間でガラッと生態系が変わる。基本的に夜行性の魔物の方がデカくて強いのだ。


 運良く出会えた大物に、僕はニヤケを隠せないでいた。


「やった……マッドベア、しかも大型だ」


 魔物は、亜人型よりも獣型の方が高く売れる。肉は食料に、皮や骨は加工して、武器なんかの素材にできるからだ。


 これ一匹売れば、買取価格は九割減だとしても手元に50ガルドは残る。

 それだけあれば、切り詰めて一週間は持つだろう。その間になんとか収入源を見つければ、それで当分大丈夫なはずだ。


 マッドベアがこちらに気づいたようだ。


 獲物を見つけ、しめたとばかりに、その体を躍動させ、突進してきた。


「甘いね」


 すかさず氷結魔法で足元を凍結させ、動きを封じる。


 魔力消費は必要最小限。これが魔法使いの鉄則だ。

 足を取られたマッドベアは、体勢を崩して顔面で勢いよく地面を削った。


 よし、昼飯を貰って魔力はちょっと回復したし、いけるな。


 間髪入れずに、マッドベアの頭ほどある水球を顔面目掛けて放った。


 これが対獣戦術必勝法……


「夜型の魔物に限って、そんなわけないよな」


 もちろん、必勝法であることに違いはない。息できないのだから。

 昼型かつ、ランクの低い魔物であればこれでパニックを起こしてあとは勝手に死んでくれる。

 だが、夜型、高ランクとなるとそう簡単にもいかないもので、生命力の強い種類だと長いときには、水球に顔面を覆われた状態で一時間も格闘することだってある。


 だから、村ではこう習った。


 まずは、相手を予期せぬ事態に追い込め。


 と。

 平常心を失えば、それだけ酸素の消費が速くなるかららしい。

 まず初めに転倒させたのもそれが理由だ。転倒すると、かなりの酸素を消費する。体感で、致死までの時間が十分の一ほど短縮されるのだ。


「それでも、魔物の根性ってすごいんだよな……白目剥いてもしばらく動くし」


 案の定、冷静に体勢を立て直したマッドベアは、僕に襲いかかってきた。

 氷結魔法で足を取られぬよう、しっかりと爪を立てる学習能力もさることながら、呼吸ができないという状況でのこの落ち着き具合も凄まじいものである。


 しばらく暴れて、ぐったりと動かなくなったマッドベア。


「きみ! 何をやってるんだ! 夜の森は危険なんだぞ!」


 突然背後から声がかかった。


「マッドベア!? 危険だ! 急いで街に戻れ!」


 鉄プレートを装備した戦士風の男で、歳も僕より少し上くらいに見えた。

 危険なのはこの人も同じはずだけど……


「大丈夫です。もう倒してあります」


「ああ、すまない。状況から察するに森に迷い込んでしまったんだな。俺が一緒に案内しよ……て、ええええ?! 倒した!? どういうことか説明してくれ!」


 先程の出来事をざっくりと教えると、


「!! 魔法?! 今魔法って言ったか?!」


「はい……?」


「信じられん……氷結魔法で体幹が鬼のように強いマッドベアを転倒させるだと……?」


 何か独り呟いているようだが、どれだけ体幹が強かろうと転ぶときには転ぶ。

 村いちばんの力持ちのお兄さんもそう言ってた。


「詳しく話が聞きたい! 街の酒場にでもいかないか?」


 奢ってくれるというので、ありがたくついてきた。

 目の前の男がちょっとしたつまみを頼み、ジョッキを煽りながら言う。


「俺は、ジョナサン・ドッチだ」


「トーラ・フロストです」


 薄暗くてよく見えなかったけど、この人かなりの大丈夫だ。

 短く切り揃えられた髪に、顎髭が少し、目元もキリッとしていて、まるで彫刻のような顔だった。


 心なしか、最近会った誰かに似ている気がする。


「早速だが、トーラ、どこのギルド所属だ?」


 あらぬ勘違いを受けぬよう、制服は脱いでおいた。

 言っていいのか……いや、後からバレて信頼を失うことの方が深刻だ。ここは正直に言っておこう。


「実は『聖剣の柄』……」


「はああ!? 聖剣の柄って言ったら、世界最大手のギルドじゃねえか!?」


「を追放されたばかりの無職です」


 途端に、ジョナサンは大人しくなり、一瞬だけ視線を机に落とすと、ジョッキを一気飲みし、内緒話をするかのように顔を近づけてきた。


「よかったら、理由を聞かせてくれよ。あんたみたいな魔法使いを、金にうるせえあそこが手放すわけねえ。どんなひでえことやったんだ?」


 ……この人、見かけによらず結構言うこと言うな……。


「違いますよ!」


 声を荒げてしまった。


「あ……すいません。でも悪いことなんてしてないです。いや……確かに無知は罪と言いますが」


 興味深そうに顔を覗くジョナサン。


「気になるなら言いますけど」


「あったりめえよ。面白そうな匂いがぷんぷんすらあ」


「僕の不幸は蜜の味じゃないですから。はあ、僕はギルドでいいように使われて、」


 今までに至る経緯を全て話した。六年間ずっと騙されてきたこと、濡れ衣を着せられたこと、全財産を奪われたこと。

 話が終わる頃には、ジョナサンは男前な顔面を歪めて、大粒の涙を流していた。


「ぐすっ、若えのに……なあああ」


「泣かないでくださいよ、視線集めちゃうじゃないですか」


「いや悪い悪い。でも、ちょうどよかったぜ。トロウキヨが主催するバトルトーナメントに参加するための相方を探してたんだ。トーラ、あんたがいりゃぜってえ勝てる。金もいるんだろ? 賞金だって出る。どうだ、俺と一緒に参加しちゃくれねーか?」


「そ、そんなものがあるんですか?! 行きましょう!」


 金と聞いて、僕はすぐに食いついた。


 願っても無いことだ。ギルドにいたときはそんな情報一切流れてこなかった。今日の学院のことといい、追放されてからかなりついている気がする!!


 さっき会ったばかりのダンディーな男と、僕はなんとバトルトーナメントに出場することとなった。


「ちなみに、大会は明日だ」

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