第5話 賢者?
カカシをぶっ飛ばして大騒ぎになった後、逃げるように学長室へと戻ってきた。
肩を揺らして床に座り込む僕を、リンとか言った少女が上から見つめる。
「すごいです! なんですかあの魔法は!?」
「え……?」
あんな魔法は、基礎の基礎だし、この子はなにを驚いているのかさっぱりわからない。
「ゴートの目は節穴じゃなかったようじゃの」
深く頷いて、大きな窓から外を眺める学長の背中には、哀愁が漂っていた。
「んじゃ、こんな話を知っておるか?」
「いえ、まだなにも言われてないので判断に困るところです……」
「今からずっと昔、正確な記録は残っておらんのじゃが、とんでもない魔法の才を持った若者がおってな。のちに人々はそやつを『賢者』と呼び出した。たった一人で今の生活の基礎を作り上げたと言われとる」
賢者……? 知らない。初めて聞いた。
「たった一人で……まるでファンタジーですね……」
「じゃが、突然姿を消してしもうたんじゃ。それ以降の記録がまったく残っておらんでの、あれほどの天才だから、新たな魔法を開発して、いまだに生きながらえておると主張する人間もおるが」
リンが大きくため息を吐く。
「はあ……そんな魔法があったら、世界が転覆して文明レベルは魔法創造期の混沌に逆戻りですよ。トーラさん、夢見るお花畑チックなババアの妄想なんか聞いちゃダメですよ」
学長が、真剣な表情でこちらを振り返る。
なんか失礼なことをバンバン言われている気がするが、意に介さず僕の顔を覗き込んできた。
「わしは、お主がそうでないかと踏んでおるのじゃが?」
……?? 僕が賢者だって?
考える間もなく、リンが僕の手を取った。
「じゃあ、学長、次の定期試験で私が学年一位をとったら、約束の学費免除、よろしくお願いしますよ」
もうちょっと話を聞いてみたい気もしたが、リンからこれ以上の無駄話は許さないとの圧を感じたので、身を任せた。
「学長はああいう話が好きなんですよ。ロマンだとかなんとか、こっちは今を生きるので精一杯だというのに」
リンが、現実味のない夢物語はうんざりだとばかりに、不平を吐く。
僕と同じだ。きっとこの子も何か抱えているんだろう。
あまりの騒ぎに、これじゃまともに練習できないからと、制服に着替えさせられた。
それから、魔法使いセット?なるものを渡され、歩くこと十分。
再び森へ連れてこられた。
「早速、魔法を教えてください師匠」
一概に魔法を教えてと言われても、僕の魔法はそもそも独学だし、村の伝統だし、かなり感覚に頼ってる部分がある。理詰めで魔法を習得してきた彼女にそれを受け入れられるかどうか微妙なところだ。
でも、何度も助けられた身、冒険者として培ってきた魔法の知識を少しでも伝えられたらいいな。
でもまずは、その前に目的を聞いておかないと。
魔法は目的意識が大事だ。何かをするという強い意志があって初めて魔法として成立する。別に難しいことはない。
前衛職なら強い肉体、それが魔法使いは強い精神に置き換わるだけ。
「ところで、なんで魔法を教えて欲しいの?」
すでに杖を構えていた少女は、目を丸くして金髪を揺らしてこちらを振り向いた。
「一番はお金ですね。あと学年一位の女がムカつくからです」
案外深刻でもなかったな。
でも、これは魔法においてはいい目的意識と言える。
恨み嫉みといった負の感情は、人の感情の中でも安定しており、魔法を使う上では最も実践的な目的意識なのだ。
「思ったんだけど、魔法使う時どこに魔力集めてる?」
「そんな基礎の基礎、もちろん杖に決まってるじゃないですか。なんのために杖を持ってると思ってるんです? 苦労したんですよ。!? 師匠はな、なんで杖なしで魔法が使えるんですか!?」
「魔力を体から遠い位置に集めるのは難しいんだ。体の中心、鳩尾あたりに魔力を集めるよう意識してみて」
さすがはエリート。飲み込みが早く、すぐに感覚を掴んだようだ。
リンの腹部のあたりに魔力が集まるのを感じた。
「す、すごい! これは革命ですよ!」
そんな大袈裟な。
「う……うん。慣れるまで一週間くらいって言ったところかな。ところで、その試験というのはいつ?」
「明後日です」
「あぁ……」
「どうにかしてください! お願いします! 筆記は十分なんです! あと実技の点数が上がれば学年一位を取れそうなんです!」
流石に、二日じゃ無理だ。
しかし、できる限りのことはしたい。
聞けば、実技試験は加点方式で行われるらしく、点数の上限は無いという。
魔力測定、精度測定、威力測定、練度測定、魔力持久力測定。
その他、魔法発動速度や、連射速度、使える属性の数も加点要素に入るという。
上限がないが故に、採点は厳しめだが、一発逆転のチャンスがあるのらしい。
現に、その学年一位、ほとんど実技試験のみの点数で入学当初から学年一位をキープし続けているらしい。
幸い、改善の余地はまだたくさんある様子。そしてこの飲み込みの速さ。
コツを掴めばすぐに伸びるはずだ。魔力発動速度や、威力、連射速度を重点的にやろう。
コツを教えてやると、すぐに言われたことを実践できる彼女には、そう難しいことではなかったようだ。
「す、すごい! まるで今までが足枷をつけて歩いていたかのようです! これなら勝てるかもしれません!」
あまりの喜びに、杖を抱えて身悶えするリン。
あたりはすでに薄暗くなり、夕暮れを告げていた。
この調子なら、試験本番もこの子の望んだ通りの結果になるはずだ。
なんだか自分のことのように嬉しかった。これからこの子には試験で頑張ってほしい。
僕は……
「現実と向き合うとしよう……」
今日一日色々ありすぎてすっかり忘れていたが、無職問題がまだ解決してはいなかった。
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