第4話 タダ飯
大都会トロウキヨの中心部「ストローク」に、トロウキヨ魔導学院はある。
一般的な学院と比べれば規模は小さいものの、学費の免除、学生でも利用可能な最先端施設、世界の情報が集まる図書館、等、さまざまな支援が受けられることから、国の内外からも志願者が殺到するほどの人気を誇る。
と、先ほど聞いただけあって、僕はひどく萎縮していた。
僕がこんな華々しいところに来ていいのか……?
ご飯をご馳走してくれるっていうからついてきたけど、こんな煌びやかな場所に、田舎者の僕がきていいようなところじゃない気がする。
こんな汚い格好だからか、やっぱり視線を集めていた。
門を潜ると、煌びやかな空間が広がっていた。
ここの人たちが、倍率100倍を超える極小門を抜けてきたエリートたちだと思うと、アビロンの宝石箱に入ったような錯覚を覚える。
広大で綺麗な空間。わいわいと騒ぐ学生たち。食堂? というらしいが、案内されてそこまできた。
やはり、ここでもあたりはエリートしかいない。
先に席に着いて、彼女を待っていると、盾くらいの板を抱えてやってきた。
これが、エリートたちの食事か。冒険者のものとは比べるまでもない。
銀の皿に盛られた小麦の香ばしい香りが鼻腔をくぐると、気がついた僕の腹の虫が唸り出した。
こ、これを本当に僕が食べていいのだろうか。第一、僕はお金なんて持ってないぞ……食べたら実はとんでもない金額で、それを返済するまでずっと労働させられるとかそういうことになったら……
「食べないんですか?」
「っ……食べます……」
フォークを握って、僕の腹の虫を叩き起こした獲物を突き刺す。
サクッ。
と、冒険者時代は枯葉を踏んだ時しか聞いたことの小気味の良い音をたてた。
「な……やっぱりダメだ。こんなものいただけない。第一僕はお金を持ってないし、濡れ衣とはいえギルドから追放された人間……こんな僕が……」
「だから〜、これは助けてくれたお礼ですって! 急いで食べてください。後が詰まってるので」
「は、はい……」
自分より小さく見える子に諭され、僕は出されたものを全て頬張った。
生まれて初めてこんな美味しいものを食べた気がするくらいに、おいしかった。
「これに触れてください」
食堂を移動し、僕が次に来たのは訓練場のような場所だった。地平が丸みをおぼて見えるほど広く、石のタイルが敷き詰められている。
「聖剣の柄」にも訓練所はあったけど、10倍以上広い。
「なにこれ?」
「魔力を測定する水晶です。魔力量によってこれが黒く染まります」
彼女の上半身くらいはある大きな水晶だった。
支柱に支えられ、大仰に設置されている。
水晶って確か、高ランクの魔物の変異種の体内で稀に生成されるアレだよな……。
魔物の変異種は一万匹に一匹と言われている。実際僕今までの人生で出会ったのは一度しかない。
言われた通りに手を乗せる。そして魔力を流そうとすると、
「ちなみに、これがこの学院で一番魔力耐性がある水晶です」
「というと……」
「つまり、一番染めにくい水晶ってことです」
言われた時には、既に水晶はそこだけ空間が消えたように漆黒に染まり、支柱にまでそれが滲んでいた。
ええと、つまりこれは……
「!? ななななな! ななな!! な、な、な、なあああ!!」
え?! もしかして壊しちゃった?!
「!? ご、ごめんなさい! 訴訟だけは勘弁してください! 一生懸命働きますから訴訟だけは……!」
「こんなの初めてみました!! 普通は酒樽に一滴墨を垂らしたくらい染まれば学園首席クラスなのに……それをこうもして見せるなんて!!」
「お願いしますお願いします……訴訟だけは勘弁してください! 前科者になったら村にすら帰れなくなっちゃう……!」
「先生のところに行きましょう!」
終わった……僕の人生は今まさにここで終わるんだ。
不法侵入に、無銭飲食、おまけに器物破損……ああ、もうどう言い訳しても実刑は免れないな。
こんなことなら、田舎で大人しく農作業に勤しんでいればよかった。
全財産を失って、信頼も失って、もうダメだろこれ。
体が震えて、先端から血の気が引いていく。
「やったー! これで学年主席の座を奪えるう! 師匠! よろしくお願いしますね!」
何か言ってるようだが、もはや人生の窮地に立たされた僕には全く入ってこなかった。
放心状態で、連れられるまま、気づけばフッカフカの椅子に腰を沈めていた。
「いやあ、六年前に親友から聞いた魔法の天才が、まさかここに現れるとは、知らなんだわ」
「学長、私が!森で拾ったんです」
「森で拾ったとは、無礼なことを言うなあほんだれ! お主の勤勉なところは認めておるが、そういうところじゃぞ」
魔法に体格は関係ないというが、目の前にいたのはちいちゃな体を椅子に埋めて、ちょこんとした足を落ち着きなく揺らす幼女だった。
「まったくのお。ところでお主」
「!! お願いします! 訴訟だけは勘弁してください!」
「なんじゃ? 訴訟?」
「なんかあ、調子に乗った学生をお、懲らしめるためのあのわけわかんないくらい魔力耐性強い水晶玉をお、つかってえ、魔力測ったらあ、みたことないくらい真っ黒になってえ」
「なにい!? あれを染めたのか!? というかリン! あれは試験用の大事な見せしめ玉なんじゃぞ! 学生が勝手に使うでないわ! あれの権威が薄れるじゃろが!」
やっぱりあれ、大事なものだったんだ……。
とがめられた少女はそっぽを向いて口笛を吹いていた。なんという古典的な……。
「百聞は一見にしかずというしな、その魔法とやらを見せてもらおう」
連れられて来たのは、先ほどとは別の訓練所だった。
ここも同じくらい広く、カカシを使って魔法を練習している学生がちらほら見えた。
ちらほらというのは、そこにいたほとんどの学生が、この学長と呼ばれた幼女が、魔法の練習をするということで、ほとんどが練習を中断してこちらを眺めているためである。
悲しいことに、注目されることには慣れている。悪い意味で、よく人の注目を浴びて来たから。
もうどうにでもなってしまえ。
「あの……僕はどうすれば……」
「安心せ、ただあのダミーをぶっ飛ばすだけの簡単なお仕事じゃ」
指の先には農作業で良く目にした農業用人形。
あんな脆そうなカカシを!?
「い……今、ダミーをぶっ飛ばすって言ったか? 言ったよな?」「馬鹿言えよ。`魔法を`ぶっ飛ばすの空耳だろ」「そもそもあれ、壊れるような代物じゃないしな。素材からなにまで、インスタントに作れるようなお手頃なものじゃないし」「でも、学長は『鬼の金玉』って言われてる頭おかしいくらい魔力耐性高い水晶を染めるんだぞ?」
「師匠! 期待してますよ」
なにを!? 僕は今なにを求められてるの!?
「い、いいんですよね……もう」
「んじゃ」
小さいおつむをこくっと縦に振ったのを確認して、念のために一番魔力消費の少ない風魔法を発動させた。
突き出した右手に、淡緑色の光を纏う。
圧縮して、一気に解き放つイメージ。
何千何百と使ってきた僕の十八番と言っても過言ではないこの魔法。
――ドゴンッ!!
発動の瞬間、一瞬だけ光が強くなり、轟音が鳴り響いた。
砂塵が収まると、木っ端微塵になったカカシだったものが、瓦礫となって積み重なっていた。
「「「「……は?」」」」
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