第3話 ゴブリン
ギルド前。
目が覚めた時、もうあたりは明るくなっていて、東からさす斜陽が僕の顔を照らしていた。
目を擦りながら身を起こす。
「っ……」
腹部に激痛が走った。
当然だ。評価SSのボディーをまともに食らったんだ。生きてただけでも奇跡だ。
だが、流石に実感が湧かなかった。
僕が追放されて、騙され、さらには僕の全財産とも言える貯金を全て失って。
僕は何か間違ったことをしてきたのだろうか。
雲ひとつない晴天、少しばかり肌寒い風、湿気を多く含んだ空気、晴れやかな朝が、妙に虚しい。
「だめだ、だめだ。そんなこと考えてても意味がない。まずは生きる手段を考えないと」
金がないとなれば、やはり稼ぐしかない。
一旦田舎の村に帰るのはどうだろうかと、頭をよぎったが、今帰っても合わせる顔がない。
それに、帰ったところで今まで全く農作業なんてしてこなかった自分じゃ、逆に迷惑をかけてしまう。
来る途中では、ゴブリンなんかを倒して日銭にしてたけど、ここにきてわかったことがある。
ギルドに入っている人間と、そうでない人間とでは圧倒的に前者に利があるのだ。どういうことかといえば、まず、ギルドに入っていない冒険者は、基本商人に相手にされず、さらには煙たがられる存在なのだ。
理由は簡単で、トラブルが発生した際に、力の強い冒険者相手ではどうしようもないから。
というか、そもそも冒険者というのは、危険を冒して一般人を守っているというのに、市民からの評判がすこぶる悪い。
取引してもらえるにしても、買取価格が相場の十分の一なんてザラにあった。他で取引してもらえないため、足元を見られるのだ。
その点ギルド所属の冒険者は安心で、何かあればすぐにギルドが仲介してくれる。
考えているうちに、人通りも多くなってきた。
道行く人が、僕を見て笑う。
「行こう……」
どう足掻いたところで、結果は目に見えている。
ならばどうする?
森へ行って、どれだけふっかけられてもいいから、その日暮らしていけるだけのお金を稼ぐのだ。
生きるにはこれしかない。
杖も、僕を拾ってくれた人が、その辺の落ちている木でなんとかなるって言ってた。
さっそく、森へと向かった。
町外れということもあり、あらかた危ない魔物は駆逐されているため、危険度はそこまで高くない。
しばらく散策していると、見たことある制服が目に入った。
青いロープに、膝下まであるブーツ。反面、太ももの半分当たりの短いスカート。黒を基調としたブラウスの真ん中に、上品に施されたジャボが目を引いた。
国内最高峰の魔法使い養成学校、トロウキヨ魔導学院の制服だ。
僕がここにきて意図して認知しないようにしてきた制服だった。
興味はあったけど、学費が高くて入学試験すら受けられなかった学校だ。
顔は見えないが、おそらくその背格好や、背中まで伸びた金シルクのような髪から、女の子であることは容易にわかる。
その子は、なにやら魔物を相手に、一人で魔法の練習をしているようだった。
見えているのはゴブリンが三匹。
手に持っているのは、上腕くらいの長さの杖で、今まさに魔法を発動しようとしていた。
「はああ!」
杖の先に凝縮した魔力が、小さいカボチャくらいの火球となりうち一体を襲う。
「グギャアア!!」
黒焦げになり、地面に伏して動かなくなった。
幸先のいいスタート。
……と、初心者ならそう思うはずだ。
実際のところ、たった一人で森に居る彼女は今、大ピンチである。
今現在の状況を整理しよう。
金髪の少女が一人、ゴブリンは三匹。うち一匹は今黒焦げになって死んでいる。
これのなにが大ピンチなのだろうか?
実は、ゴブリンは世間一般で認知されているほど賢くないのだ。
つまり、問題は……
「グギャア!!」
「グギャアアアア!!」
仲間が殺されると、すぐに冷静さを失って錯乱状態となること。
ゴブリンは基本好奇心で動いている。それに、実は案外臆病だったりするのだ。
なので、彼らにとって運悪く対峙したとしても、すぐには襲ってこない。様子見して、勝てそうならヤる、負けそうなら逃げるを選択する。
だが、錯乱状態に入ったゴブリンは、神経もほとんど麻痺し、敵と認識したもの全てに襲いかかる一種のバーサーカーとなるのだ。
めちゃくちゃなタイミングで、切られながらも次々飛びかかってくるゴブリンはトラウマものである。
少女は一人。しかも魔法使いは絶対ではないが、接近戦には分がない。
「きゃあああ!!」
まずい! このままじゃあの子が死んでしまう!
もしかしたら、これも何か訓練の一環なのかもしれないと、手を出すのを逡巡していたが、今の悲鳴でこれは訓練ではないと確信した。
イメージを固めて、相応の代償を払う。
手が淡青く光ると、少女に襲い掛からんと飛びかかったゴブリンが、一瞬にして氷塊となった。
「いてて……」
咄嗟に腕を振り上げたせいで、腹が痛んだ。
一応助けたし、これで彼女もゴブリンの危険性を理解してこの森から去るだろう。
となれば、僕も今日生き延びるためのお金を稼がなければ。
もう三日ほどなにも口にしてない事になる。これじゃ傷の治りもままならない。
「あ、あの」
近づいてきた足音が、僕のすぐ後ろで止まった。
見た目相応の、ちょっと勝ち気そうな幼い声だ。
「は……はい……?」
「さっきこの近くでものすごい魔法を発動した人を探してるんですけど、見ませんでしたか?」
キーラが美人なら、この子は美少女だろう。
全体的に小ぶりな顔は、やはり目が強調して見えた。
あの女と同じ、碧眼だ。丸っこい瞳が、胸の前で杖を抱えて、まっすぐと僕を見上げていた。
すごい魔法……ってどんな魔法だろう?
この辺りで魔法使ったのは僕しかいないけど、あれは誰でもできるような初歩の初歩だし。
「知らないけど……どんなふうにすごかったの?」
「そうですか。えっと、なんかクゥーピキピキ!って感じなんですけど」
さらに謎が深まってしまった。凄くてクゥーピキピキな魔法……考えてみたけど僕の想像力では限界みたいだ。
だが、捻り出したイメージで試しにしてみる……
「クゥーピキピキ……こうかな」
独り言のように呟いて、氷塊を指先に浮かべる。
「!? あなた、それって、今の魔法ですか?!」
「そうだけど……」
すると、その少女は僕の手を取り丸い目を更に広げて、
「私の師匠になってくださいっ!」
無職で田舎者の僕の瞳をまっすぐに見つめて、無邪気にそう言い放った。
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