マジカルセッカ

@yagiden

第1話 初戦闘

 春。別れと出会いの季節。

 御堂セッカは今年高校生となった。入学する高校の名前は、広並魔法学園。読んで字の如く、広並市にある魔法を教える学校である。

 魔法学校というのは全世界にそれなりの数があるが、広並のそれは小中高エスカレーター式であり、お金持ちが集う場所であり、名門中の名門だ。そこにセッカは高校から編入したのだ。

 寮完備、各種トレーニング設備、図書館、コンビニ、雑貨店、飲食店、何でも取り揃えられているのが広並魔法学園。その分学費も莫大な額になっているが、セッカはこの学校に特待生として編入した為、学費が全額免除という破格の待遇を受けていた。


 かくあり、編入初週の能力測定の日。魔法能力に関するあらゆる測定をこなし、現在最後の項目の対人戦闘に差し掛かっていた。


「——これまでに測定してきたデータを参照して、皆さんには能力値が近しい人と戦闘してもらいます」


 測定員の一人がそう声を上げる。三十人の生徒は互いを見た。

 対戦組み合わせの名前読み上げが始まる。一対一を二面ずつで進行していくので一度に四人の人が指名された。

 戦闘が始まると、セッカは隅の方でぽつんと眺めていた。編入生はこのクラスにセッカだけであり、他の生徒は皆、もっと幼い頃からの付き合いだ。さらに言うと、裕福な家庭で育った彼らと比べるとセッカはやや貧困気味な生活の中で暮らしてきている。そういう価値観の違いから、編入して数日経ってもあまりクラスに馴染めないでいた。


「御堂さん」


 それでも歩み寄ってくれる優しい人はいる。


「隣で見てもいい?」

「あ、うん」


 羽瀬翔子。その名前を顔と一致させるも、セッカは特に話しかけようとはしない。


「学園生活は慣れた?」

「⋯⋯まあ」


 セッカは目を合わせることなく言う。慣れたわけではないが、妙なプライドが否定を許さなかった。


「あっちの試合、どっちが勝つと思う?」

「⋯⋯さあ」


 それなりの返答を持ち合わせていたセッカだが、示すことはしない。


「御堂さんはこれまでの成績どんな感じ?」

「それなり」

「そっか」


 それきり、二人の間には沈黙が続く。

 時間は進み、翔子の名前も呼ばれたのでまたセッカは一人となった。セッカは誰にも気付かれないように一息つく。別に翔子が嫌いというわけではない。

 セッカは緊張していた。これまで一度も対人戦をしたことがなく、独学で魔法を学んできたので通用するのか臆しているのだ。特待生というのはそれなりの成績を修めなければ、その資格を所持していられない。特待生でいられなければ学費を払うことができず退学となる。その事実が気楽ではいさせてくれなかった。

 

「——次が最後ですね。御堂セッカさん、天川唯葉さん」


 セッカは覚悟を決めて前へ出る。

 約三十メートル×十五メートルほどの広さが戦うフィールド。これはバスケのフルコートぐらいの広さに相当する。

 二人は十メートルほど距離を開けて見合った。やや固いセッカに対して対戦相手の唯葉の構えは緩い。リラックスしていると言うよりはやる気がないようにも見える。


「始めてください」


 測定員の事務的な声が二人に伝わる。その瞬間に機敏な動きを見せる、なんてことはなく、セッカは様子を窺うようにして魔法弾を相手に向かって打ち出した。

 基本的に、作り出した魔法を相手に当てて相手が有する魔力にダメージを与えるのがバトルのセオリーだ。体内魔力が一定量を下回れば敗北となるので、どうやって相手に魔法を当てて、どうやって相手の攻撃を躱すのか、そこを考えるのが試合運びの常である。


「え?」


 しかし、今回は通常通りではなかった。

 セッカが放った魔法弾は唯葉に直撃した。避けるでも魔法をぶつけて相殺させるでもなく、当たったのだ。

 そこまで速い弾を投げたわけでもなかった為、セッカは困惑した。

 ダメージを受けた唯葉は気怠げに右手を前にかざす。そして今と同じようにして魔法弾をセッカに放った。セッカのそれよりも、密度が高くスピードも速い。それでも目で追える速さで、距離があるなら軽く躱せる。魔法弾は追尾性能を持たせることもできるので、セッカは念の為大きく動いてやり過ごした。

 二発目もすぐに飛んでくる。三発、四発と一定のリズムでセッカに襲いかかってきた。

 動き回りつつ合間に反撃を仕掛けると、その全ては唯葉に着弾した。しかし唯葉は動じることなくただただ弾を打ち出し続ける。

 弾を放るのにも魔力を消費する。加えて唯葉は反撃が飛んできても反応さえせずに全てくらってきている。だいぶ消耗しているはずだ。それでも疲れる気配を見せない唯葉を見て、よほど魔力量に自信があるのだろう、と察した。

 このまま走り回っていたらすぐ息が切れてしまう。おそらく相手の消耗よりもこちらのスタミナが切れる方が早い。そう予想したセッカの脳裏には、二つの作戦が過った。一つは耐久戦。自分から攻撃はせずに、相手の攻撃時に割く魔力消費を待つという戦い方。もう一つは接近して魔法をブレード状にして反撃するという戦い方。近接武器なら放出することはないので攻撃時の魔力消費を最小限に抑えられる。勝つにしろ負けるにしろ、後者の方が決着は早い。

 セッカはしばらくの攻防の末、結論を出した。選んだのは前者、耐久戦である。

 動き回っていた足を止めた。当然、弾が迫ってくるが、セッカは両腕を前に構えて待機する。着弾する瞬間、右手で弾くようにして軌道を逸らし、次弾、そのまた次弾と、一列に連なって襲い来る弾丸を流れ作業のように弾いていった。

 そのプレイを見て、観客となっていた生徒達からは感嘆の声が漏れる。一見簡単そうにやってみせた、セッカの『弾く』という技は、実は見た目以上に高度な技能なのだ。公式大会常連のとある魔法使いのプロランカーが考案した、避けるでも相殺するでもない第三の防戦術。攻撃に対して同量の魔力で受け止めていなすというのがこの技だ。可能にするには、その攻撃にどの程度の魔力が込められているか見極める眼と、瞬時に判断する反射神経が必要で、実戦でやるには相当な経験がなければまず有効活用できない。一発二発咄嗟にやるというならまだしも、セッカは狙って何発も凌ぎ続けているのだから、生徒達が驚くのも当然と言えた。

 攻撃が止んだ。魔力切れを起こしたわけではなかった。


「すごいっ!」


 そう言ったのは唯葉だった。唯葉は初めて、この場で気持ちのこもった声を上げた。


「ねえ、それどうやったの? 教えてっ」

「え、え?」


 唐突に対戦相手から話しかけられてセッカは戸惑う。もう既に戦いという空気は薄れていた。


「ねえねえ、もう一回やってみて!」

「ちょっ」


 極小最速の魔法弾が、唯葉の指先からセッカに向かって発射された。不意打ちのような格好になったが、身体を捻りつつ辛うじて軌道を逸らす事に成功する。


「すごいすごいすごい!」


 唯葉は目をキラキラさせて喜んだ。さっきまでのアンニュイな雰囲気は嘘のようにない。


「はあ?」


 セッカは油断させる為の作戦か疑ったが、どう見ても純粋に笑っている。


「あの、終わり?」

「まさか! やっとやる気が出てきたんだもんっ!」


 毒気を抜かれたのも束の間、再び魔法弾の連発が始まった。今度は一つ一つの弾の速度や大きさに変化を加えて放出している。それでもセッカにとっては大して苦にもならない。

 セッカには見切りのセンスがあった。生まれついて眼が良く、脳の出来が良い。そんなセッカにはまさにうってつけなのがこの技術。ここに関しては並のプロ相手でも引けをとらないだろう。


「やっぱりダメか。くやしーなー!」


 出来得る工夫を凝らしても、ただ一発も直撃を取れない。唯葉にとってそれは初めての経験だった。完全に実力で負けていて、このままじゃ負けてしまう。そんな状況を前にして、唯葉は生まれて初めて悔しいと思っていた。

 唯葉に残された手はもうない。弾を打つ、今まではそれ以外のことを覚える必要がなかったのだ。それだけでどうにでもできていた。でも目の前に、どうにもならない相手がいる。今の自分では敵わない。唯葉は鍛錬を怠ってきたこれまでの自分を恨みつつ、これからのことを考えた。きっと楽しくなる、そんな想いを抱き、測定員の終了の合図が出るまで魔法弾を撃ち続けた。

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