第拾話 達


 源之進はこたえない。

 別のことをいった。


「今夜、村祭りがあるそうだ」


 多分、子供たちの会話が耳に入ったのだろう。源之進はたえを見た。


「連れてって」


 たえがいった。

 源之進はうなずくと腰をあげた。

 ボロ舟に立てかけてあった木刀を手にとり、波打ち際へと歩き出す。


「リャッ!」


 気合いを入れ、表一門からはじめる。

 躍動感がみなぎっている。

 道場の婢女はしためをしていたので、たえにもなんとなくわかる。

 源之進は進化している。


 裏四門に入るころには、源之進の周りに子供たちが集まってきた。

 魅入られたかのように彼の動きに目を輝かせている。

 二、三人の子供が真似をしだした。

 棒きれを拾って源之進の形をなぞる。

 とうとう全員が連動した。


 源之進はその心地いい律動のなかにいた。

 子供たちの熱量が伝わってくる。

 混じりけのない純粋な波動となって源之進のふるう木刀に生命いのちを与えている。


 源之進は知らぬ間に”境地”に入っていた。

 するすると表六門に入り、次いで裏六門に到達した。

 裏六門月之形つきのかたを通り抜けた。


 ついに源之進は滞りなく表裏六門を巡った。

 扉が開く。

 七番目の奥門おうもん一円いちえんの剣が姿をあらわした。


(やっと……やっと、つかめた!)


「う…うおおおおおおッ!!!」


 源之進は歓喜の叫び声をあげた。

 気がついたときには、周りに子供たちはいなかった。

 飽きてどこかにいってしまったようだ。


「たえッ!」


 源之進は後ろを振り返り、たえの名を呼んだ。

 たえが涙を流している。

 たえにも伝わったようだ。


「やったね、源さん……」


 たえが袖口で涙を拭う。


「……おめでとう」


 知らぬ間に夕闇が濃くなっている。

 源之進はたえに駆け寄り、その手をとるといった。


「さあ、村祭りへいこう」




   つづく


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