第九話 子


 真夏の陽光がさんさんと降り注いでいる。

 すねを剥き出しにした子供たちが波打ち際で追いかけっこをしていた。

 源之進は砂浜に打ち捨てられたボロ舟の縁に腰掛け、茫と子供たちを眺めていた。


 砂浜を踏む音が聞こえ、たえがやってきた。

 源之進の傍らにそっと腰掛ける。


「……子供っていいわね」


「ああ……」


 源之進は頬に、たえの熱い視線を感じた。

 たえの手が源之進の膝頭に置かれた。


「子供がほしい」


「…………」


 源之進はこたえない。

 源之進とたえは正式な夫婦ではない。

 たえは、菅原墨舟の道場に住み込んでいた婢女はしためであった。

 墨舟が死に、道場が潰れて行き場を失ったたえに源之進は声をかけた。


 ――よかったら、おれの長屋にこないか。


 それが二人のはじまりだった。

 源之進の職分は「若党」と呼ばれる武家奉公人だ。

 折しも源之進を抱えていた旗本が不始末を起こして取り潰しとなり、彼は浪人の暮らしを余儀なくされた。

 苦しい生活のなかをなんとかやりくりできたのは、たえのおかげであった。

 針仕事などの手内職で源之進を支えてくれたのである。


 身分はすでに浪人なのだから、たえとの結婚になんら支障はない。

 だけど源之進は婚儀を行わなかった。

 なぜか?

 源之進には過酷な運命が待っていた。

 来たるべき刻に備えねばならない。


 膝頭に置いた手を、たえは奥に忍ばせてきた。

 源之進のそれを握り、もう一度いった。


「子供がほしい」




   つづく


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