第四話 幸


 翌朝。

 体が軽い。

 源之進は木刀を持って小屋を飛び出ると、波打ち際まで走った。

 裏二門の火之形ひのかたをやる。

 滞りなくできた。

 切っ先がぶれず、流れるように次の動作に移れる。


「ハッ!」


 源之進は歓喜の叫びをあげた。

 次は表三門、木之形きのかただ。


「リャッ!」


「トゥ!」


「テイッ!」


 裏三門、土之形つちのかたも問題ない。

 だが――

 表四門の天之形てんのかたでつまずいた。

 体の軽みに押し流されて動きが雑になった。

 止めるべき空の一点に体重が乗っていない。


「……未熟」


 そのままの姿勢で潮騒の音を聞く。


墨舟ぼくしゅう先生……」


 師の叱責が波音のなかに聞こえた気がした。

 源之進は木刀を納めた。

 とりあえず裏三門までは完璧にこなせた。

 これもたえのおかげだと源之進は思った。

 たえと交わることによって、余計な力みがとれたのだ。


「源さーん!」


 たえの声が聞こえる。

 小屋の前で手を振っている。

 ぐう、と腹のが鳴った。

 源之進は小屋にもどると、木刀を銛と釣り竿に持ち替えた。


「朝飯のおかずを獲りにいってくる」


 そういうと再び走り出す。

 たえの熱い視線を背中に感じて、源之進は束の間の幸福に浸るのであった。




    つづく


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