第28話 祭りで出会ったイケメン

「失敬、大丈夫かなご婦人」


「あ、いえ……その、大丈夫です。ありがとうございます」


「ふっ、ならばよかった」


 まるでロマンス劇のワンシーンのように、道につまづいた女性を寸でのところで助けたクライメシア。

 女性を優しい腕の動きで起こすその美しい姿に誰もが目を見張る。


「あの、どうかお名前を!」


「名乗るほどの者でもない。気を付けたまえ」


「は、はいぃぃ~」


「ではごきげんよう。────……すまない、待たせてしまったようだな」

 

 周囲の注目を浴びながらもアンネリーゼの元へ。

 

「どうしたけいよ。具合でも悪いのか?」


「いや、さっきのは一体?」


「ん、転びそうになった女性を助けただけだが?」


「……だよね。ナンパとか、じゃないよね?」


「なぜわたしがナンパをしなくてはならないんだ?」


「そうだよねうん」


「変なことを聞くものだ。……うん? ヴァレリィはどうした?」


「あっちでナンパしたり屋台の食べ物見たりしてる」


「ふふふ、清々しいほどに満喫しているな。あ、フラれた……」


「食べ物見るか女性に声かけるかどっちかにすればいいのに。あ、またフラれた。……ちょっと行ってあげよう」


 地団駄じだんだを踏むヴァレリィをなだめながら、3人はさらに祭りの最奥へと進む。


 普段からの人混みはさらに密度を増して、熱気そのものとなって祭りを盛り上げていた。

 周辺の飾り付けと屋台からの匂いが視覚と嗅覚をとんでもなく刺激し、ときおり打ち上がる花火によってさらに最高潮に。


 力強いリズムとスイングを持つ音楽が人々を陽気にさせ、舞踏仮面の乙女たちのダンスが見る者を熱狂の渦に巻き込んでいく。


 異国から来た来訪者もいるようで、巨大ギルド都市『ハンニバル』はある種の混沌の中心点となった。

 皆が今日の1日を待ちわびたように、普段の鬱屈を吹き飛ばすように騒ぎ、踊りだす。


 それらをかき分けるようにして、アンネリーゼたちは小規模のビアガーデンまで辿り着き、ちょうど空いていた席に座った。

 ひとつのテーブルを3人で囲みながら、祭り独特の料理を堪能する。


 いつもの食事である硬いパンに豆のスープと少量の肉とはうってかわり、豪勢に肉を使った料理だ。


「ん~、中々にいい酒だ。祭りの夜の酒にはありとあらゆる祝福が込められている。好きだよ」


「なんかクライメシアが言うとサマになってるね」


「おや、そうかな?」


「それよりも飯だぜ飯! オラ、お前らももっと食えガハハ!」


「も~ヴァレリィがっつきすぎ。あとちょっと飲み過ぎじゃない? 顔真っ赤だよ?」


「でーじょーぶでーじょーぶ、これくれぇなんともねぇよダッハッハッハッ!」 


「はぁまったくもう。そう言えばクライメシア全然食べてないね。ひとくちくらい食べたら?」


「いいや、わたしはいいよ」


「なぁにぃ!? 俺の料理が食えねぇってかぁ!?」


「アナタのじゃないけどね」


「あはは。……おや、あそこはずいぶんと人だかりが」


「ホントだ。女の人が多いね」


 女性たちが黄色い声を上げながら囲んでいるのはひとりの男性だ。

 金髪の鍛え抜かれた肉体の持ち主で、ガタイで言えばヴァレリィに引けを取らない。


 そんな彼がイスに座りながら、女性たちに優しく接している。


「おいおいそんなに興奮しなくても、祭りはまだ始まったばかりだぜ?」


「えー、だって"ハースト"ったらすぐにあっちこっち行っちゃうんだもん」


「それは仕方ないのさ。ひとつの場所にずっといたら、ほかの場所にいるレディたちが俺の顔を見れないだろ?」


「いや~んハースト超優しい~」


 と、こんな調子でハーストという人物は女性たちとイチャイチャしていた。

 確かに彼は目を見張るほどのイケメンだ。


 あの顔と声で甘くささやかれたら夢中になってしまう人は出てくるのではないか。


(まぁ私はあぁいうのはちょっと苦手だけどね)


 そう思っていたとき、ふとヴァレリィに視線を向けると、まるで親の仇を見るような眼光と形相でハーストを見ていた。


「な、な、な、なんだぁ~あの野郎はよぉ? 女に囲まれてキャーキャー言われていい気になりやがって。聞いたかアイツのさっきの台詞。なぁにが俺の顔が見れないだろだ笑っちまうぜ」


「うわ~、嫉妬だぁ」


「嫉妬じゃあねぇ! へん! 俺はあぁいうすぐ女に色目使うヤローが嫌いなんだよぉ!」


「そういう卿もナンパを繰り返しているではないか」


「だぁーうるせー!」


「んも~ホラ怒らない。あんまり大声で叫ぶと周りの迷惑になるから……」


「ふんっだ!」


(それにしてもすごい人気だなぁ。どこかのギルドパーティーの人かな?)


 ジッとハーストのほうを見ていたら、それに気づいた彼がアンネリーゼに視線を向けてきた。

 目と目があい、彼がアンネリーゼに向かってニコリと微笑むと席を立ち、取り巻きを連れて歩み寄ってくる。

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