第27話 いざ、お祭りへ
年に一度の設立記念の祭り当日。
ハンニバル設立ちょうど300年だったか。
都市の賑わいは、準備期間の段階で普段の倍以上に跳ね上がっていたが、当日となればそれは比較にならない。
冒険者もギルドパーティーのメンバーも、酒に料理に音楽にこの世あまねくすべての甘美に酔いしれながら、始まったばかりの時間を楽しんでいた。
「ここからでもすごい賑わい……。そっかぁ、こんなに賑やかで楽しそうだったんだ」
「なんだ、お前祭りにゃ行かなかったのか?」
「うん、色々あってね……」
リビングの窓から街のほうを眺めるアンネリーゼの心には、あのときのような鬱屈とした感覚はなかった。
仕事や叱責に追われる日々から解放され、ふと日常にあったであろうあの煌びやかな世界に目を細める。
「……よしッ! それじゃあ俺たちも行こうぜ!」
「え、行くって、まさか祭りに? いやいや、いいよ別に。行くならヴァレリィが行きなよ。私と行ったって……」
「なぁに遠慮してんだよ。こういうときはな。皆でパーッと楽しむのがいいんだ! ギルドパーティー結成してからこーゆーイベントゼロだったじゃんかよぉ!」
「え、えぇ~」
「いいんじゃないか? 行ってきたまえよ」
ソファーにくつろぎながら書斎の本を持ち出して読みふけっていたクライメシアが、ふたりに柔らかな視線を向けてうながす。
休日は修業に当てたりとロクな休暇が取れていないことを案じていたクライメシアだったが、これを機に満喫して欲しいと考えた。
「卿(けい)よ。最近は実力もつき、余裕もできてきたが、やはり詰め込み過ぎなところがある。たまには稼いだ金で遊ぶのも悪くはないだろう」
「お、さすがクライメシア。イイコト言うなオイ!」
「い、いいのかなぁ」
「いいに決まっている。卿らのギルドパーティーだ。こういう日はゆっくり遊んでおいで」
まるで母親に諭されているかのような物言いで、アンネリーゼはそれ以上断ることはできなかった。
祭りに行くなど何年ぶりだろうかと記憶を辿ってみるが、すべて古いジャンルのものでしかない。
(まさか祭りにまた行けるなんて……フェローチェ・パーティーじゃ考えられなかったな……おじいちゃんのお世話もあったし)
そうと決まればアンネリーゼは自室へと一旦戻り着替えを始める。
とはいってもなにかオシャレな服を持っているわけではない。
しかし、以前から着てみたかったものがある。
(ち、ちょっと派手、かなぁ?)
黒のベアトップの上からジャケットをはおり、下は迷彩柄の短パンでスラリとした足を見せるスタイル。
鍛えたお陰で無駄な肉のない腹部にくびれのへそ出しルック。
自分にそういった美的センスが欠けているのはわかっている。
しかし、今はほんのちょっとだが自信を持って外へ出られる。
「お待たせ~」
「お、いいじゃねぇか! 中々キマッてんじゃねぇ~の?」
「ほ、ホントに?」
「おう! 動きやすそうで、なにより腹筋がいい」
「ん、ん~、まぁいいか。じゃあ行こうか」
「あ、ちょっと待ってくれ。────クライメシア、アンタも行くんだぜ」
「……わたしも? いいや、わたしはいい。卿らで楽しんできたまえよ。賑やかなところはどうも苦手でね」
「アァン? おいおい、アンタも俺たちのギルドパーティーのメンバーなんだぜッ! アンタも一緒に祭りに行って楽しむんだよ!」
グイグイと押しの強いヴァレリィに苦い顔をしながら、アンネリーゼに助けを求める視線を向けるが。
「そうだよクライメシア。私、皆で一緒に祭りを楽しみたい。もう日も暮れてるし、今なら歩けるよね? 一緒に行こう」
アンネリーゼは援護射撃と言わんばかりに微笑んでみせた。
これまでとは違う、年ごろの可愛らしい表情だ。
ついに根負けしたクライメシアはともに行くことを承諾するように、音を立てて本を閉じた。
身体を起こして、「やれやれ」と苦笑いを浮かべながらふたりと並んで屋敷を出る。
アンネリーゼは仲間を得て、強さも得た。
同時に、こんなにも美しい時間をも得たのだ。
夜の明るい世界へとアンネリーゼは期待を胸に躍り出る。
自然と口数が多くなり、ヴァレリィとの会話も弾んでいった。
クライメシアは一歩引いた位置を保ちながらふたりの背中を見守り続ける。
(祭り、か。この世界の祭りはどんなものなのだろうか……)
夜の星々が街の明かりで薄くなっているのを見上げながら、柔らかい表情をするクライメシア。
その間にもふたりは街のほうへ駆けていく。
あのふたりの笑顔に、クライメシアの心は満たされていった。
長らく暗い場所にいた精神が、再び輝きの中へと還ってきたような。
「さぁ、わたしも祭りを楽しもう。うまい酒を所望するところだが、フフフ」
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