第20話 カトレシアと貴族たちの関係、そしてその帰りにアンネリーゼたちと出会う

 時同じくして、巨大ギルド都市から離れた場所にある姉妹都市。

 そこである貴族の屋敷も、カトレシアが招かれていた。

 

 見目麗しく、ブルーブラックの瞳で上座に座るふたり親子を見据えるように微笑んでいる。


「いやぁカトレシア嬢、こうしてご足労いただいたこと、息子ともども感謝いたします。馬車はどうでした? 先月発表されたばかりのニューモデルでしてなぁ!」


「えぇ快適でしたよ。ここまで気を遣っていただけるなんて恐れ多いことで……」


「い、いえ、カトレシア嬢にオンボロの馬車など似合いません! あ、この紅茶も新調したものなのです。はるか南の国より取り寄せた一級品でして」


「まぁ、そうなのですか」


 フェローチェの妹、カトレシアはまるで人形のように鎮座し、ふたりから浴びせられる眼差しに寸分変わらぬ微笑みの表情を向けていた。

 

 高ランクのギルドパーティーは、相手によってはかなりの待遇を受けることがある。

 だがカトレシアの待遇は、それをはるかに上回ることが常なのだ。


 彼女がこうして貴族とコネクションを築いていったお陰で、フェローチェはリーダーになれたこともあるし、なにより多額の出資をしてくれていることにより、高ランクのギルドパーティーとして名をはせることができている。


 カトレシアあってのフェローチェ・パーティーなのだ。


「フフフ、楽しそうにお話されているおふた方を見ていると、こちらまで嬉しくなります」


「え? あぁ、ハハハ。これはお恥ずかしい。どうやら舞い上がってしまったようで」


「すみませんでしたカトレシア嬢。アナタだってなにか話したいことがあるでしょうに我々だけ話してしまって」


 本来身分が上のはずのふたりが、カトレシアの前では頭が上がらない。

 しかし、そんなふたりを彼女は救世主か聖母のように許し、慈愛の眼差しすら向ける。


「私にためらいの心を持つ必要はありません。どうぞ存分に、お心のままに開放なさってください。貴族である以上、気苦労の耐えない毎日でこういった会話も中々できないでしょうから」


「……あぁカトレシア嬢。アナタと話していると、貴族だとか平民だとか、そういう境目がどうでもよくなりそうです」


「えぇ。きっとほかの貴族もそうなのでしょうが、誰もがアナタに対してそうしてしまうのです。こんなことは本来あり得ることではない。────本当に天の国よりこられた乙女ではないのかと、ふと思ってしまう次第です」


 その言葉を聞いて、ほんの少し口元を緩ませながら、優しく両手を広げるカトレシア。

 彼女の姿に完全に釘付けになったふたりは、まばたきも忘れて息を吞んだ。


「大丈夫ですよ。お望みなら、幼子のように私の近くへ来られても……。この応接室には私たち3人以外には誰もいません。その欲求にためらいを覚える必要がどこにありましょうや?」


 そのあとはまるで流れるように。

 大の大人がふたり、親子そろって彼女の膝枕を堪能していた。


 優しく肩を撫で、誰が見ても心地良い眼差しを向けながら彼らの存在を受け止める。

 ────篭絡を越えた篭絡。


 無言の空間に、窓から差し込む光。

 布地が擦れる音と、微々と動く長い髪が彼らの頬を撫でるたびに、ふたりは顔を恍惚へと沈めていく。

 

 この空間、この瞬間のみ、ここは楽園と相成った。

 一切の世俗が絡まぬ慈愛だけが、緩やかな世界を創り出している。


「あぁ、かわいいですね。なにゆえアナタ方のようなかわいい方々が、荒波のような貴族社会で生きねばならぬのでしょうか……」


「ぁ……」


「ぅぅ」


「大丈夫ですよ。私はいつまでも、アナタ方の味方です。一緒に暮らすことはできませんが、こうしてまたお話をいたしましょう」


「ありがとう、ございます……アナタこそ我々の救い主だぁ……」


「はい、望むのならお救いましょう」


「あぁ天より来たれし乙女よ……アナタなしでは、我々は存在できない」


「フフフ、よくわかっておられますね。えらいえらい。……では、出資の件はお任せしますね?」


 カトレシアが優しく指を鳴らした直後、世界は暗転した。

 ふたりが気が付くとカトレシアはおらず、上座でうたた寝をしているような体勢だった。


 執事が傍に立っており、カトレシアからの伝言を預かっていた。

 どうやら途中で眠ってしまって、起こすのも忍びないと思い勝手ながら帰らせてもらったらしい。


「ぐぬぬ、カトレシア嬢の前で居眠りをするとは……なんとも恥ずかしい」


「えぇ、ですが……なにやら、温かかったような」


「うむ」


 貴族の屋敷を背後に、馬車で揺られながらカトレシアは外を眺め見る。

 そのとき、カトレシアはハッなって窓を開けた。


「あれは……あぁぁ、まさかこんなところで出会うだなんて……ッ!!」


 鬱蒼とした森に続く道。

 その道に沿ってハンニバルに戻ろうとしているふたり組。


 アンネリーゼとヴァレリィ。

 ふたりは談笑しながら帰路についていた。



「もし、御者のお方。あのふたりのところで止めてはいただけませんか? 女性のほうが知り合いなのですよ」

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