第19話 龍法―ドラグラ―

 クライメシア以外とのクエスト。

 鬱蒼うっそうとした森林での魔物の討伐。


「あの、ヴァレリィさん」


「ヴァレリィでいい。あと、敬語もすんな」


「え、でも年上だし……」


「オメーよぉ。な~んか堅(かて)ぇんだよなぁ。かしこまるなって。ここじゃお前が先輩なんだから堂々としてろ」


「う、うん、わかったよ。ヴァレリィ」


「おう。で、そろそろ標的のいる場所についたみてぇだぜ。……お前、血は大丈夫だよな」


「ま、まぁなんとか……」


「上等、あそこ、よぉく見な。やっこさん、グーグー寝てるぜ」


 草むらからその様子を観察する。

 森の中の開いた場所で巨大な木にもたれかかるようにして寝そべっている巨大なクマのような魔物。

 

 付近の人里に下りては人間を餌に食い荒らすこの周辺のボスだ。

 こちらの気配に気づいたのか目を開けて唸り声を上げながらその巨体を起き上がらせる。


「で、でかい……ッ! 天国への車輪ヘブンズ・ウィールのダメージ届くかな……」


「並の攻撃じゃ、無理だろうぜ。ま、ここは俺ちゃんのすっばらしい戦いっぷりを見せてアピールしねぇとな!」


 そう言うと無鉄砲ともいうべき行動をする。

 魔物の前に躍り出て拳を構えたのだ。


「ヴァレリィ! こういうときは作戦を練ってからじゃなきゃ……!」


「そんなかったるいことやってられねぇ! こういうのはな、力技でパパッとやりゃあいいんだよ!」


 これではまるで素人か、功を焦る新兵かのよう。

 後悔を交えつつ自らも魔物の前に立つアンネリーゼ、回転機構を起動させ臨戦態勢に入る。


「ヴァレリィ、武器は!?」


「へっ、俺にそんなもん必要ねぇ!」


「ま、まさか素手でやる気!?」


「ただの素手じゃあねぇぞ……俺が独自に考えた最強の魔導拳闘術だぜ!」


 ヴァレリィは拳に魔力を宿して戦う魔導戦士。

 魔術のような器用な技こそ使えないが、魔力で高めた身体能力や属性付きの攻撃で敵を圧倒するタイプ。


「グゥオオオオオッ!!」


 咆哮を上げながら魔物は立ち上がり、ずんぐりとしたその身体でふたりを見下ろす。

 神話の巨人さながら、雰囲気だけで相手を踏み潰しそうな圧倒的存在感。


「あーもう! こうなりゃ意地でもぶっ飛ばしてやる!」


「その意気だぜアンネリーゼ! 行くぞ!!」


 アンネリーゼは左側面、ヴァレリィは右側面へと瞬時に移動。

 魔物は獲物が急に別々の動きをしたことで混乱するも、両腕を振り回して地面をえぐり飛ばし始める。


 ザクザクと矢のように飛ぶ土塊と小石を防御や回避でいなしながら、アンネリーゼのヘブンズ・ウィールは鋭い唸りを上げて振り回される。


 刃をいくつも出現させ、高速回転による斬撃で魔物の表皮にぶつけた。

 しかし金属を引っ掻いたような音がしたと同時に、ヘブンズ・ウィールは表皮から離れてしまう。


(クソ、硬い! 魔物の毛皮は確かに防御用のアイテムとかで使われることはあるけど……いや、こんな硬いの!?)


 連続でバク宙をしながら、魔物の攻撃を躱しつつ距離を開けた。

 もっと力があればあの肉体を貫通できる。


「シャオラァア!!」


 ヴァレリィ渾身の、魔力を込めた回し蹴りが魔物の背中に炸裂する。

 大量の火薬が爆発したような音と衝撃が周囲に渡ると、魔物はヨロリと体勢を崩した。


「な、なんてパワー……。いや、馬鹿力?」


「へっ! どーよ俺様の蹴りは? ……だが、どーやらやっこさんの防御力のほうがちぃとばかし上だったみたいだな」


「まだ立ってくるね……やっぱりなにか作戦を立てたほうがよかったんだよ!」


「そう焦んな。言ったろ? いいとこ見せてやるって」


 そう言うと自信ありげな笑みを見せながら魔物の前に立つ、そして。


「フゥゥゥゥゥゥ……────」


 呼吸とともに魔力を両腕に集中させる。

 火・水・土・風その他もろもろの属性の魔力が渦を巻くように包み込んでいった。


(な、なにこの魔力量!? それに……すごく、綺麗)


 それらは次第に螺旋状の動きをキープしながら黄金色に輝き始める。

 これには魔物もたじろいてしまい、動きが止まった。


「パワーを越えたパワー。俺はこれを『龍法ドラグラ』と呼んでいる。大陸武術じゃ龍を模した型の拳法があるくらいだしな。俺もそれにあやかったのよ!」


 勝利の笑みと握りしめられる拳。

 螺旋状の魔力はさらに勢いを強め、さながら雲を突き抜け空を翔ける龍のよう。


 魔物の表情に明らかな殺意と困惑が滲む。

 そしてその巨体からはありえない身のこなしで跳躍し、そのままヴァレリィを圧し潰そうとした。


「ヴァレリィッ!!」


 アンネリーゼは思わず叫ぶ。

 あんなものを喰らえばたとえ高ランクの冒険者であってもひとたまりもない。


 だがヴァレリィの不敵な笑みは黄金の拳とともに道を切り開いた。


「────『ドラグラ・ゴールドラッシュ』だオラァァァァァ!!」


 連続に繰り出される拳打の音は、咆哮のような轟音を上げながら魔物を滅多打ちにした。

 あの巨体がラッシュで持ち上がっている。


 次第に肉体から骨が砕け、内臓がつぶれる音が響き渡り、最後のアッパーカットで宙高く吹っ飛んでいった。


 血飛沫を上げながら、先ほどまで寝そべっていた木に轟音を上げながらぶつかって、そのままズルズルと滑り落ちていく。


「どーよ! これがこのヴァレリィ様の戦い方よぉ!!」


(す、すごい……なんて力なの? それにあの魔力の使い方。マジでプロ級じゃん)


「ん~どうしたそんなに見つめてよぉ? あれか? 俺にホレちまったか? ホレちまうだろぉやっぱ。俺ちゃんってば最強過ぎだからな」


 自慢げに腕を組んで高らかに笑うヴァレリィ。

 アンネリーゼは思う。


 もしかしたらとんでもない逸材と出会えてしまったのかもしれないと。


「ま、クエスト達成だ。さっさと帰ろうぜ。シャチハタのおっちゃん、きっとビックリするだろうからよ。ダーッハッハッハッ!」


「う、うん!」


 さっきの技、『龍法』の勇ましさが目に焼き付いて離れない。

 もしもあれを自分に応用できたらより強くなれるかもしれない。


 期待で胸が膨らんだ。

 世の中にはすごい人たちがたくさんいる。


 あの姉妹や、クライメシア、そしてヴァレリィ。

 

(私も頑張らなくちゃ!!)


 ふたりは上機嫌でギルドへと戻る。

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