第12話 我が家へようこそクライメシア

 青天の霹靂へきれきとも言える残酷なまでの移り変わり。


「このチームは解散。私たちはその足で、中枢部へ行って報告しなければならないの」


「あの、すみません……り、理由だけでも教えてくれませんか?」


「お教えしたいのは山々ですが、我々にも詳しいことは教えてくれませんでした。ただ、思い当たる節があるとすれば……」


「もしかして、今日現れた鎧の男?」


「その可能性は高いわ。今までにあんな邪魔が入るなんてこと一度もなかったもの」


「姉様、奴は『依頼だ』って言ってましたけど……」


「検討もつかないわ。……でも、あの大男、どこかで……」


 外ではテントをたたんだり、物品を荷馬車に乗せるなどでスタッフたちが動き、非常にせわしない雰囲気だ。


 ため息や落胆の声も聞こえる。

 無理もない、ここまでの苦労と犠牲が、上層部の判断ですべて水泡にしたのだから。


 それはアンネリーゼも同じだ。

 危険でありながらも素敵な仕事だったのだから。


「さて、ここからが本題よ。私たちはあの大男のことも報告しなければならない。でも、彼女はどうしましょうかって」


「クライメシアのこと、ですか?」


「『深淵への階段アトランティス』のことを深く知っているお方ですから。彼女から聞きたいことは山ほどあります」


 3人の視線を浴びてもなお、クライメシアはそしらぬ顔でワインを口に含んでいた。

 恐らく彼女はなにもしゃべらない。


 

 ただあるのは彼女の口から語られた『深淵渡り』、そして『────神を殺した、この手で』 というふたつのワードのみ。


「やはり、お話ししてはいただけませんか?」


「愚問だな。そのハンニバルの中枢部とやらの判断は正しい。もしも入りたいのなら、もう少し文明が進んでからのほうが安全度は増すだろう。少なく見積もっても、あと2000年ほどは踏み入らないほうがいい」


「そんなに待てませんよ!」


「そうだ。人間はそこまで長生きできない。だから諦めろ。わたしのことを話したいのなら好きに話せばいい。もっとも言ったところで、卿らの精神の異常を疑われかねんと思うが」


 クライメシアの意思は固い。

 ラクリマは「わかった」と短く答え、彼女のことを秘匿ひとくにすることとした。


「わたしはこれより、アンネリーゼに着いていくぞ」


「あら」


「え、どゆことです?」


「わたしは彼女に興味を持っている。彼女をとおして外の世界を堪能するのも悪くないと思ってな」



 ふたりきりにさせた間になにがあったのかと姉妹は驚愕の表情で顔を見合わせる。


 未踏の領域にてその絶刀を振るう、人の姿をした超生物。

 それがひとりの少女に関心を抱いてるのだ。


 姉妹は困惑しつつも、状況を受け止めることとした。

 そしてヒソヒソと話し出す。



「姉様本当にいいんですか?」


「本人たちが望んでいることだし、こちらからはなにも言えないわね。それによくあるじゃない? お互いの絆を深めることによって得られる情報とか!」


「あ、やっぱそこなんですね」


(それにしても、アンネリーゼ……ずいぶんと面白い子ね)


「じゃあ、アンネリーゼさんと文通とかしたほうがいいですね。状況もしれるし、それに……」


「もうお友達だから?」


「……」


「あら、だんまり決めちゃって。かわいいんだ」



 こうしてアンネリーゼはこのキャンプ地をあとにして、自宅へと戻っていった。

 午後からまたギルドで仕事を探さなくてはと思ったが、以前とは違い勇気や活力が湧いてくる。


(まずはクライメシアに私の家に案内しなきゃ。……こ、こういうのってまず歓迎会とかしたほうがいいのかな? あれ、どうなんだろ?)


(またなにかソワソワしているな……やれやれ、気遣いをするごとに疲れ果ててしまいそうな性格だ)


 巨大ギルド都市『ハンニバル』。

 その片隅にある区域の林の中に、年期のは入った小さな屋敷がある。



「────我が家へようこそ、クライメシア。……ちょっとボロいっちゃってるけど」


「いいや、感謝する」


 軋みを響かせ扉は開く。


 おーばけやーしーきー……。


 

 遠い昔にそんなことを言われたような気がしないでもない。

 今となってはこの区域に近づくような子供はいないので、ほとんど縁のない話かと思っていた。


 ────『彼女』を招き入れるまでは。


 部屋はいくつもあった。

 とはいえ、だいぶ古くなっており床が抜ける可能性もあるので、大半は使えないだろう。


 クライメシアは影さえあればどこでもよさそうな特性を持っているが、さすがに招き入れた客人にそんな薄情なことはできない。


(許してくれる、よね。おじいちゃん……)

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