第10話 クライメシアの異形性
神殿の出口にさしかかったとき、ふと、彼女の足が止まる。
「わたしはこの先にはいけない」
「え、どうして……」
クライメシアは右腕を影から陽が当たるところに出した。
────ジュウウウウウウウウウウウッ!!
「なッ!?」
「これって……」
「まさか、そんな……」
陽に当てた部分が灰のように脆く、崩れ去った。
苦悩の表情は見られない。
アンネリーゼはその光景に思わず手で口を覆う。
「面白くもない光景だろうがね。ともかく、わたしはこれ以上進めないのだが、それでもわたしをここから先に連れ出したいかな?」
「なんで言ってくれなかったんですか?」
「ん~? さぁ。ずっとあの中にいたから忘れていたのかな。フフフ」
とぼけたように笑うクライメシアにアンネリーゼはため息。
当然のことながらクライメシアのことを不気味に思うスタッフたち。
だがラクリマはまるで違った。
「じゃあどうしたら出てこられるの?」
「これは紳士的でも淑女的でもないやり方だからな。
そう言うや、丁度アンネリーゼの影が自分のいる影と繋がっているのを見つけると、
文字通り、まるで真っ暗な水の底に潜っていったかのように、影に溶け込んでいった。
「マジ、ですか……」
「え、え、え? どういうこと? え? なんで私の影に!?」
「まぁすごいわぁ」
『ふむ、この影はなかなか居心地が良いな。卿、あ~、アンネリーゼ。日陰まで厄介になるぞ』
「え、え、えぇぇええ~」
ますますクライメシアのことがわからなくなるなか、時折聞こえる彼女の鼻唄とともに、キャンプ地へと戻った。
姉妹のテントの中で、クライメシアはようやく姿を現した。
そして長くスラリとした足を組むようにして、イスに腰かける。
グレイスが持ってきたワインの入ったワイングラスを片手に、彼女はくつろいだ。
サマになったその姿を絵画にでもすれば高値がつくだろうと、安っぽい考えがアンネリーゼの中で浮かぶ中、クライメシアが口元を緩ませながら面々に。
「さて、わたしをここまで導いたからには、なにかあるのだろう?」
「えぇ、もちろん。私たちはアナタがいた場所を調べているの」
「あの場所をか?」
「私たちは『
「なるほど、ここ最近やけに中が騒がしかったのはそのせいか……」
「でも、この娘が来てくれたおかげでスイスイいくことができたのよ」
「……なに?」
ワインを口に含んでいた余裕の表情が消え、視線がアンネリーゼのほうへと向く。
その凛々しくも奥底を見透かそうとする瞳にドキリとしながらも、「ど、ど~も」と弱々しく挨拶したアンネリーゼ。
「……卑しいようで悪いが、もう一杯いただけるかな?」
「グレイス、淹れてあげて」
「はい姉様」
「すまないが、わたしはあそこから外のことに関しては無知でね。こちらからの質問を許されたい」
「ええ、どうぞ」
「……『あれ』はどうなった? もしかして今でも続いているのか?」
「あれ?」
「……『深淵渡り』だ。わたしの代で終わっているとは思うのだが、卿らの時代ではどのように伝わっているのか知りたい」
ラクリマもグレイスも顔を見合わせ、アンネリーゼも首を傾げている。
その様子を見て黙考し、「忘れてくれ」とただ短く呟くクライメシア。
「あの、クライメシア、さん。なにか知ってるんですよね。あの深淵への階段のこととか、あの災害のこととか!」
「災害? なにかあったのか?」
アンネリーゼは立ち上がり身を乗り出す。
その悲痛そうな表情に思わず目を見張るクライメシア。
今から200年ほど前に起きた災害にことを自分の一族のことを踏まえて伝えた。
彼女は
「あの、私もできることなら知りたいんです。……お願いします」
アンネリーゼは頭を深々と下げた。
新しく入れてもらったワインをくっと飲み干し、クライメシアは立ち上がる。
「卿の一族のことは残念に思う。耐え難い悲劇だ。……そこのラクリマがわたしの時代の言語で話してくれた。わたしがいた時代よりも推定として1万年近くは経過していたらしい」
「い、いちまッ!?」
「驚きたいのはこちらのほうだ。これだけ時代が離れていて言葉が残っているなぞ思ってもみなかったからな」
「おぉ、姉様の古代言語好きが功を奏しましたね」
「えぇ、役に立ってよかったわ。でも……」
素直には喜べない。
向かい合うアンネリーゼとクライメシアの間にはそんな空気が流れていた。
「知りたい、と言ったな」
「はい」
「卿らの境遇を理解した上でわたしはこう言わねばならない。……断る」
「どうして、ですか」
「単刀直入に言えば、もうあそこに興味を持つのはやめろ。卿らもだ。命令で動いている以上容認できないのはわかるが、これ以上踏み込むな」
「ですからどうして!?」
「あそこには、
「人目に触れてはいけないモノ……?」
それ以上彼女は答えなかった。
未踏にして未解なるダンジョン『
縁回りをなぞるような仕草の中で、自ら場に沈黙を流していった。
「そう、じゃあここまでにしたほうがいいわね」
「姉様!? ですが、この方からの情報が……」
「本人は話したがっていないわ。ごめんなさいねクライメシア。アナタをお招きしたのはあくまで恩人へのお礼。聴取じゃないわ。ゆっくりしていって。お酒が欲しければ、そこのワインセラーにあるから」
そう言ってテントから出ようとしたときだった。
「────神を殺した、この手で」
3人の視線が一気にクライメシアに戻る。
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