ぐるぐる博打

@tomokoo

ぐるぐる博打

理科の授業でからだの中、細かく言うと耳の中に「うずまき管」という部位があることに驚いた。「うずまき」て。見たまんまじゃん。しかも「うずまき管」は体液に満ちている。ますますミステリー。音の振動がこれまた小さい骨に伝わって、その小さい骨もぶるぶる震えてうずまきの液体を揺らすそうだ。噂によるとその液体でバランスまでとっているらしい。そんなシステマティックなことが私の中で四六時中稼働してることに感動するし、こんな顔の側にぐるぐるとしたうずまきが2個備え付けられていることが怖い。変なものがうずまきの中を転がりませんように。


私の不安は的中する。私は中学にあがってから自分の部屋を与えられ、ベッドで寝ているが寝相がよろしくない。一人で寝るまでは布団で川の字就寝だったし、兄も私もごろごろ転がるタイプの寝相だったので、両親が兄妹を挟む形で守ってくれていた。ベッドで寝だした当初は、兄の部屋からも私の部屋からもベッドから落ちるドーーーンという音が響いていたが、最近はマシだ。ただ、1ヶ月に一回はドーーーンがあるし、2週間に一回はベッドから落ちる手前で目が覚めてなんとかこらえるといった有り様だ。こんなぐりぐり夜中に動いて大丈夫かとうずまきの安否を気にするが、気にするのは寝入りだけで寝ている最中のことはどうにもならない。ちょっと疲れて起きる。

この日も寝入りは慎重にとベッドにゆっくり横たわり、お休みと心の中で呟いて目を閉じた。いつもはすぃっと眠りの中に滑り込むのに、今日はその糸口がない。部屋には私しかいないのに人の声がうるさい。え。うるさい?がばと目を開ける。静かになる。いや、部屋はもともと静かだし家族はみんな寝ているしこの辺りは治安もいいから夜は静かなのだ。うるさいのが異常なのだ。ドキドキする。汗が吹き出す。お風呂入ったのに。お母さんを呼ぼうか。私はお化けの可能性を考えている。目を瞑ると耳元で誰かが喋る。こんな、嘘みたいな、THE怪談みたいなことが私にふりかかるとは微塵も思っていなくて、初めて一人で寝るのが怖くなる。ちょっとだけ街灯の光が窓から入るので、目を凝らせば見たくないものを見てしまいそうで焦る。しばらく薄目で考えて、私は「うるさい」をとった。目を凝らしてお化けは見たくない。でも両親のもとに走るにはこの暗闇の中を動かなければいけない。怖すぎる。それなら、目を瞑って夜明けを待とう。うるさいかも知れないけど、眠れないだけだ。時間は過ぎる。

やることがなくなって、私は多分だけどいつも以上にぐるんぐるん寝返りをうつ。うるさい声が何を言っているのかは聞かないようにする。ぐりーーんと大きめに動くと、一瞬声が止む。わ、よかったと思ったのも束の間、爆発のような声が私を襲う。さすがに聞き取れる。

「半!!!!!!!」

きゃっと悲鳴を上げてうずくまると、右耳の中からカチョンカチョンと音がしてボロンポとサイコロが2つ飛び出した。いびつな形をなんとかサイコロに見立てたような代物だが、数字をあらわす点は打たれていてそれぞれが「1・4」となっていた。喜びの声が響く。そして私の足には激痛が走る。左足の指先が破裂したような、無理やり暴かれたような痛み。部屋が暗くてよかった。私は血が苦手なのだ。サイコロは知らぬ間に耳の中に戻り、液体で満ちているはずのうずまき管をノロノロ転がる。今はそれがわかる。私は動けない。私の寝相でサイコロがシャッフルされるのを防ぐ。耳元の声が呪詛に変わる。

「動け動け動け動け動け動け動け動け動け」

うるせぇな!!と心の中で毒づく。この声が叫んだ「半」と2つのサイコロを、私は見たことがある。祖父がよく見ていた時代劇だ。半裸の、なんか包帯みたいなものを巻いた大人が小さい筒に向かって「半」「丁」と叫び、コロンと出たサイコロ2個を覗き込んでは落胆と喜びを繰り返す。不思議そうに見つめる私におじいちゃんは、サイコロの出た目で賭け事をしてるんだ、偶然に身を任せて楽しんでるんだと説明したが、サイコロを囲む人たちはみんな必死でぜんぜん楽しそうじゃなかった。

ということは、今私はあの小さい筒なのだ。体の中にあるうずまきを利用して、誰か私の体を賭けている。このまま勝負が続くときっと死ぬ。今は左足の指先だけだが、ああいうのは歯止めが効かなくなってどんどん金額がつり上がっていくように、きっと賭けられる体の部位も洒落にならなくなるだろう。心臓や脳を取られたら終わりだ。恐怖…というより怒りが湧く。なんだよこのやろう。偶然に身を任せて人の体をおもちゃ扱いすんじゃねぇ。何より、私は賭け事で物事を決める奴が嫌いだ。何かを決めるときに運や偶然に委ねるのではなく、その場で考えることのできる最適な選択を見つけるべきなのだ。思考から逃げるな。

私は意を決する。この分だとまたどこか失うかもしれないが、私は私の怒りに忠実になる。ぐるぐる寝返りを開始する。耳元の声がシンと静まり、また私を震わせる声がする。

「丁!!!!!」

次の瞬間、うずまき管のサイコロが転がり耳から出る。私はそれを手のひらに受け止め、握りしめる。サイコロはなくならず、私の手の中にある。感覚がある。よし。

耳元の怒号が強くなる。

「出せぇぇぇ!!!!」

怯みそうになるが負けない。さっきからサイコロを握ってる手が内側から溶けてどろどろとした何かに変わりつつあるが、力をるゆめない。

「うっせぇ賭け事なんかせずに働け親を泣かせるな!!!!」

中学生にしたら大人びたこと言ったなぁと冷静になる。首もとに手がかけられるが動けない。あぁ終わる。でも負けなかった。

「やっちゃん何を叫んどるん?」

母親がガチャリとドアを開ける。耳元の声や、首もとの気配が消える。手の中のサイコロは残る。ありがとうお母さん。

「…え、やっちゃん!!やっちゃん!!!しっかりして!!」

そこからは知らない。気づいたら病院で、起きたら家族が泣いている。

「…おはよう」

母親が覆い被さる。父も兄もその上に重なる。おじいちゃんだけが、もう昼じゃと時計をさす。じゃあこんにちはだね。


あの夜、私は握りしめた手から血を流し、泡を吹き、白目を剥いてビタンビタン体をベッドに打ち付けていたようだ。母親が救急車を呼んでくれた。父親は気が動転して「昔みたエクソシストに似てるしお寺さん呼んでくる」と泣いていたそうだ。自分の知識の中からどうにかしようとしてくれてありがとう。そういえばと恐る恐る足を見る。主に左足の指先…は、なくなっていない。よかったと思ったのも束の間、母親が左足の小指の骨がなくなっていたと悲しそうに教えてくれた。そうか、骨を賭けたのか。

サイコロを握りしめていた手には爪のあとが残るだけで、溶けてはいなかった。そう見せていただけだ。サイコロの出目を見たいばっかりに。

「お母さん、私サイコロ持ってなかった?」

「あー、お医者さんがなんか言うとった。2個持ってたて。引き出しやわ」

「そうか。私、いつ退院なん?」

「なんか、骨なくなってる以外異常ないみたいやし、明後日には退院してもいいって言われてるよ。まだしんどい?」

「いやー、大丈夫。気分はええよ。ただお願いがあって」

「言うて言うて」

「あのサイコロ良くないもんやし、潰すわ。トンカチ持ってきて。できるだけ早く」

「…えぇ、捨てるだけじゃあかんの?」

「あかん。誰かのうずまきに入ってしまう」

「ようわからんけど、わかった。午後からまたお父さんくるし持ってきてもらうわ」

お父さんが見舞いにくる。ちゃんとトンカチを持ってきてくれる。私は引き出しからサイコロを出し、床に並べ、トンカチで粉々にする。

「おうおう。なんか、このサイコロ骨みたいやなー」

ドキリとする。きっと当たっている。あれは誰かの骨なのだ。賭け事で得た骨をサイコロにして、また誰かのうずまき管に入れて賭けを繰り返す奴がいるのだ。憎い。でも私がとられたのは小指の骨だし、あそこに一から六の丸を彫るのはきっと時間がかかるし、米粒に般若心経くらい難しい。そんな職人が賭け事界隈にいませんように。小指の骨を失って、バランスが取りづらくなった私はよろけながら宣言をする。

「結婚するならギャンブル一切しない人にする」

「やっちゃん彼氏とかいるん!?」

なんでそうなる。いろいろ飛躍してガーンとなってる父親を余所にベッドに入る。慎重に寝る。そろりそろり。

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