第10話 優しい罠
今日もお店は何事もなかったように賑やかな一日になった。
その後、麗子ママは順調に回復し退院はしたけれど
精神的に不安定なのは薬では治ることもなく
人前で笑顔を見せることさえ苦痛に感じるようになって
お店に顔を見せることはなかった。
オーナーママが不在のまま
チーママの奈々ママが女王様のように君臨し
以前に増してわがままに磨きがかかった。
そんなある夜、
『美涙さんお願いします』
(まあ、新規のお客様だわ。
なんて素敵な感じの人なのかしら)
お店では珍しくお一人様で年齢は40歳代で一見地味なスーツだけれど
よく見ると洗練されたブランド物を身につけた男性が来店した。
指名はなしでということで
店長は長年の感で上客だと判断したのか
ナンバーワンの美涙さんを呼んだ。
『今晩は。失礼します』
『あっ、どうぞ』
『美涙といいます』
『ほお美涙さんか。美人の美に海の波って書くのかな?』
『いぃえ、美しい涙です。本名なんですよ』
『そうなんだ、綺麗な名前だね』
『わぁ、嬉しい!源氏名ではあるかもしれませんけど
本名で涙って付く名前って珍しいって良く言われます。
美しい涙ってやっと幸せを見つけた時に流れるのかなって
勝手にそう解釈してます。親に感謝ですね』
『もう幸せ見つけたのかな?』
とドキッとする真っ直ぐな視線が眩しい。
『名刺受け取っていただけます?
このお店は初めてですよね。
えーとお名前お伺いしても・・・』
(なんて素敵な人かしら。紳士だし優しい感じ、タイプだわ!)
『名前ね』
と結城さんは自分の名刺を出した。
美涙さんはその名刺を見ながらまずは役職を見るという
普段の習性から思わず口にだしてしまった。
『あら、社長さんなんですね。凄くお洒落だしスタイルもいいから
アパレル関係のモデルさんかと思ったくらいです』
『えっ、モデル?そんなんじゃないよ』
と結城さんは苦笑しながらもまんざらではない感じだった。
美涙さんは緊張していつもの調子がでない。
(どうしょう、顔が熱くなってきたぁ~)
『ところでお仕事はどんな?
あっ、いけない、お会いしたばかりであれこれ聞いちゃいけないですよね』
『いやあそんなことないよ。こんな美人さんに聞かれるなんて
何でも言っちゃいそうだよ』
『まあ、冗談ばっかり』
『いろいろな会社のコンサルタントが主な仕事かな。
まっどうしたらそこの会社が儲かるかとかかな。
たまには商店街の旦那衆を集めて講演会をしたりとか
日本全国呼ばれたらどこでも行かなきゃいけない』
『まっ、それじゃ経営指南の先生じゃないですか!
全国なんてお忙しいでしょう』
『いや、今回は少し時間が出来たからここに来たわけさ』
『それじゃ明日でもどこかお食事に行きませんか?』
いつになく積極的な美涙さんはもう回りが
見えないように今の瞬間を楽しんでいるようだ。
『あのー今晩は。おじゃましても・・・』
『あら、美月ちゃん、こちら結城さんなの』
『美月です。宜しくお願いします』
『美月ちゃんはまだ入って間もないけど将来有望の新人さんよ』
『そうか、美月ちゃんか、美しい月って名前だね』
『そうなんですよ。何でも私が生まれた時は真夜中で月が綺麗だったそうで
父がピンときてそう名付けてくれました』
『ここはみんな自分の名前の由来から話すの?面白いね』
『いいえ、たまたまですよ』
と美涙さんはひとときも結城さんから目を離さなかった。
『ねえ結城さん、今日この後、どこか行きませんかぁ』
美涙さんは少し酔った声で甘えた。
『いいね。どこか懇意のお店あるかな。まだこの辺よく知らないんだ』
『あるある!バークレーって言ってそこのママさんの占いは
怖いほど当るの。まあ男性は占いなんて嫌いって人多いけど
そこは家庭的な落ち着くお店だからねえ行きましょうよ』
『じゃそこに行こうか。美月さんもね』
『ええ、美涙さんいいの?ご一緒しても・・・』
『やだぁ美月ちゃんもちろんじゃない!一緒に行こうよ!』
とその夜もバークレーへ行くことになった。
その時はまだこの先起こる事態を
美涙さんも私も知るはずもなかった。
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