第5話 星空の下で
フェンヴォルフの突進を受けたマリカの四輪駆動車は横転し、大破状態となって動かすことは不可能だ。これを直すには時間が必要となり、今日はこの廃工場で野宿することになった。
「わたしに手伝えることはありますか?」
「カティアはゆっくりしてて。今回の戦闘のMVPだもん」
「いえ、マリカ様あっての勝利です。それにマリカ様が働いているのに何もしないなんてできません」
「そう? なら・・・夕ご飯の準備をお願いしようかな。これでさ」
マリカは車のトランクに手をかける。しかし歪んでいて開かず、仕方なく板を力任せに引っ張って外して中から食料を取り出した。
「外泊せざるを得ない時用に食料と水を持ち歩いているんだ。この飯盒(はんごう)を使ってお米を炊いてほしいの」
「野外炊飯の定番ですね。お任せください!」
お米と飯盒、そして水とマッチを受け取ったカティアはさっそく火起こしの準備を始める。周りに落ちている木の枝などの木材を集めマッチを擦って着火した。
あとはお米を水で洗い、加熱して炊き上がるのを待つだけだ。
車の修復は順調に進んではいたが、まだ直すべき個所は多く魔力も消耗してしまったので一旦中断する。リペアスキルは魔力消費量が多いため長時間連続使用はできないのだ。
「マリカ様、お夕飯の準備ができました」
「なら休憩にするよ。調理、ありがとね」
「いえいえ。何かおかずもご用意できたらよかったのですが・・・・・・」
「これは私が用意したものだし、周りに食べれそうな物はないしね。それよりカティアは食べなくても平気なの?」
「わたしは飲食は必要ないです。魔道エンジンで魔素から魔力エネルギーを精製できますから」
アンドロイドに食事は必要ないらしい。一緒に食べられたらと少々残念ではあるが、マリカは飯盒の蓋を開けて中を覗き込んだ。
「・・・なんかめっちゃ焦げとる」
「あわわわ・・・・・・水分量と加熱時間を間違ってしまったようです・・・・・・」
お米のほとんどが焦げ付いて夜空のように黒くなっていた。どんなミスをしたらここまで焦がせるのかと聞きたくなるレベルである。
「ごめんなさい! 貴重な食料を・・・・・・」
「あっはっはっは! 大丈夫大丈夫。焦げても食べられるよ」
マリカはスプーンで焦げ付いたお米をすくう。かなり硬くなって食べるのも大変そうだが躊躇なく頬張った。
「意外とさ、こういうのが美味しいんだよね」
「すみません・・・気を使わせてしまいまして・・・・・・」
「いやいや。本当に気にしてないよ。むしろご飯を作ってもらって感謝してるもの」
「お優しいですね、本当に」
人間にとって食事がどれ程大切な行為かはアンドロイドであるカティアもよく知っていることだ。それなのに食材を手に入れるチャンスの少ない場所で調理ミスをしてしまい、これは死に繋がる問題だと怒られても仕方ないことである。それを笑って許してくれるマリカの懐の広さは海よりも広いように思えた。
「でも何か粗相をしてしまったら怒ってください。主たるマリカ様にストレスを与えてしまうなど言語道断なことですので・・・・・・」
「昔はよく怒られたの?」
「はい・・・殴られることも日常茶飯事でしたがそれは自分が原因ですので、むしろ戒めとして受け取っていました。ですからマリカ様のように笑い飛ばしてくださる方は珍しいのかなって」
「他人のミスに厳しい人っているよね。この世界に完璧超人なんていないし、私だって勿論ミスはする。取り返しのつかないことはさすがに笑えないけど、なんでもかんでも怒るような人にはなりたくないんだ」
叱るべきタイミングというものがあり、なんでもかんでも怒って、しかも暴力を振るうなどもってのほかだ。マリカはそんな人間にだけはならないと心に誓っていて、だからカティアに対しても頭ごなしに叱ったりはしない。
「ふう、ごちそうさまでした」
マリカは手を合わせて飯盒を片付け、その場に寝転がる。視界一杯に広がる満天の星空は美しく、普段空など見上げる事もないので新鮮な気持ちであった。
「カティアもこっちにおいでよ」
手招きするマリカの隣にカティアも横になり、同じように視界に夜空を映し込んだ。
「空はこんなに綺麗なのですね。わたしが製造された時代では工場などによる大気汚染や、都市の明かりによって星など見えませんでした。自然環境の本来の姿はこんなにも綺麗だって初めて知りました」
「それを汚染したのが人間なんだ・・・・・・文明のレベルが上がったら、また同じようになってしまうのかな・・・・・・」
「どうでしょうか・・・・・・でも機械も道具も良き使い方をすれば人を助け、そして自然環境とも共存していけると思います」
「そうだね。人のあり方によって世界をも変えていける・・・・・・」
以前、旧世界の文献を読んだことがあるのだが、旧世界では工業の発達と共に環境破壊も進んでいったと記載されていた。それが旧世界滅亡の原因かは知らないが、少なくとも悪影響を及ぼしていたのは間違いない。
「それを成すのがマリカ様かもしれませんね」
「私はそんな大層な人間じゃないよ。自分が生きるので精いっぱいでさ・・・私はただの一般人だよ」
自分が特別な人間だなどと考えたこともない。確かに特殊な能力は持っているがそれで世界をどうこうできるとは思えなかった。
「なんだか眠くなってきた。夜風も心地よくて・・・・・・」
「なら、わたしの太ももを枕としてお使いください」
カティアは正座して太ももにマリカの頭を乗せる。いわゆる膝枕の状態となり、マリカはその柔らかな感触に安心感を覚えた。
「これいいね・・・いっそ毎晩こうしてほしいくらい」
「はい、喜んで! マリカ様の寝具として毎晩頑張ります!」
「はは、でも姿勢をこのままにするのは大変でしょ?」
「姿勢制御機能に問題はありませんし、一晩動かないくらいは余裕ですよ」
「すごいんだね。私だったらすぐに足が痺れちゃうな」
アンドロイドの頑丈さに感心しつつマリカは目を閉じる。街の外で寝泊まりする時は緊張感が強くまともな睡眠など取れないものだが、今日はまるで自宅で寝るようにリラックスできていた。
「わたしは眠らなくても問題ありませんから、夜間の周囲警戒は任せてください」
「じゃあお願いするね。もし魔物とか危険が近づいていたらすぐに起こしてね」
「了解です! それでは良い夢を」
カティアに頭を撫でられ、マリカは眠りに落ちていく。
母親の温もりに包まれるような、そんな優しく懐かしい感覚に浸りながら・・・・・・
翌日、起床したマリカは早速車の修理に取りかかり、最低限の動力系を回復させた。フレームが歪んだ箇所などはあるが一応はこれで走行することが可能だ。
「細かい部分は街に帰ってからにしよう。あんまりこういう場所に長居してると魔物に襲われちゃうかもだからね」
「ですね。お疲れ様です、マリカ様」
「いえいえ。さ、お姉ちゃんも心配してることだろうし急ごう」
ドアに手をかけて開こうとした瞬間、ギギッと軋む音がしてドアが落下した。
二人はそれに笑い、ドアをくっつけて廃工場を後にするのだった。
荒れ地を暫く走行してようやく街へと辿り着く。
街は魔物の侵入を防ぐために周囲を防壁やフェンスに囲われ、内外を行き来するためには複数個所に設置されている門をくぐらなけらばならない。これは関所としての機能も有していて、門兵達が来訪者をチェックしている。
マリカ達は”ようこそ、フリーデブルクへ”と書かれた立て看板の傍にある門へと近づく。
「門を開けるから、少し待っててくれ」
フェンスの向こうから門兵にそう声をかけられマリカは頷く。門は大きく、開閉するのも簡単ではないのだ。
「フリーデブルクというのがマリカ様の住む街の名称なのですね?」
「そう。ザンドロク王国の中でも大きい街だよ」
「ザンドロク王国、ですか?」
「ここら一帯を治める国家がザンドロク王国って言うんだ。フリーデブルクはその王国の街の一つで、王都にまぁまぁ近いことから栄えているんだよ」
そんな会話をしている内に門が開き、お世辞にもキチンと整地されているとは言えない道路を進んでいく。舗装をするという概念が稀薄でとりあえず通れればいいという考えが主流らしい。
ジャンク屋兼自宅の敷地内に車を停め、マリカとカティアは勝手口から帰宅する。
「あ~! やっと帰ってきたぁ!」
キッチンにいた女性がマリカを見るなり駆け寄って抱き着いた。その容姿はマリカに似ているがほんわかとした印象で、ウエーブのかかったロングヘアが大人の雰囲気を醸し出している。
「く、苦しいよお姉ちゃん・・・・・・」
「あらごめんなさいね。危うく大切な妹を絞め殺すところだったわ」
「物騒だよお姉ちゃん・・・・・・」
抱き着くというより締め上げるという表現が正しく、マリカはせき込みながら脱出した。魔物との戦いを生き残ったのにまさかの死を迎える寸前であった。
「このコ、マリカちゃんが拾ってきた機械少女?」
「そう、カティアっていうんだ」
「よろしくね、カティアちゃん。ウチはアオナ・コノエよ」
-続く-
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