第4話 旧世界の遺産
マリカは発見したアンドロイド用の左腕をカティアに差し出す。どうやら規格は一致しているようで、これならカティアの欠損した腕を元通りにすることができそうだ。
「これを当てはめて・・・・・・」
肩に腕をくっつけ、マリカは掌をかざしてリペアスキルを発動した。
すると掌から淡い青色の光が溢れだしてカティアに接続した腕を包み込む。錆び付いていた腕は本来の輝きを取り戻し、更にはカティアの肩から人工皮膚が形成されていった。
これで右腕と同じように人間と遜色ない元通りの姿を復元することができたのだ。
「あっ、動きます動きます! 違和感も無くて、ちゃんと思い通りに動かせますよ!」
心底嬉しそうにカティアは左腕をブンブンと振り回す。これだけ激しく動かしても問題ないなら修復は成功したと言っていいだろう。
「ありがとうございます、マリカ様!」
「役に立てて良かった。カティアが喜んでくれて私も嬉しいよ」
カティアの満面の笑顔を見てマリカも自然と口角が上がる。リペアスキルでこれ程までに感謝されたことはなく、危険を冒してもここに来て良かったと思えた。
「他にも使える機械や道具はないかな? カティア用でも商品用としてでもいいんだけどさ」
「わたしにお任せください。スキャンすれば使用用途などを調べることができますので、アンドロイド用パーツや生活に使える物を探してみますね」
金属の山をカティアは調べ始め、いくつかの機械を掘り出して並べた。どれも破損したり歪んでいてこのままでは使い物にならないだろう。現代の技術でこれらを修復するのは困難だがマリカなら造作もない。
カティアの集めた旧世界の物品を車の荷台に乗せて街へと戻ろうとしたが、
「おいおいマジか・・・!」
低い唸り声が聞こえて振り返ると工場の屋上に巨大な四足の生命体が立っていて、殺気を纏う視線でマリカ達を見下ろしていた。それはオーネスコルピオではなく、もっと獰猛そうな見た目をした狼に似た魔物だ。
「フェンヴォルフ・・・!」
「マリカ様、あれも魔物なのですね!?」
「うん・・・オーネスコルピオよりヤバい相手だよ」
フェンヴォルフ、それは全高約四メートルにもなる魔物である。あまり知られていない種だが、それは遭遇した人間の多くが殺されているために交戦報告が上がってこないからなのだ。なのでフェンヴォルフ自体が空想上の存在のように言われているが間違いなく実在する魔物である。
「カティア、生きて帰れないかもしれない・・・・・・」
「大丈夫です! 絶対に勝って帰りましょう!」
「・・・そうだね。弱気になってたら勝てる戦いも勝てないもんね」
戦わずして殺されるなどそんな最期を迎えたくはない。どうせなら足掻いて打つ手全てを使ってから死ぬほうがマシだ。
マリカが剣を装備すると、フェンヴォルフは雄たけびを上げて工場から飛び降りる。そして巨体に似つかわしくないハイスピードで突進してきた。
「躱して!」
マリカとカティアは敵の進路から左右に飛んで巨体から逃れる。だがフェンヴォルフは勢いのままマリカの四輪駆動車に突っ込み、車は弾き飛ばされてスクラップと化してしまった。
「ああーっ! 私の車がっ!」
そのショックでマリカは膝から崩れ落ちそうになる。あの四輪駆動車に愛着があるのもそうだが、直すのになかなか手間取ったのだ。車サイズの物体もリペアスキルで修復自体は可能ではあるけれど、かなりの時間と体力を消費するため容易なことではない。
「やってくれたな! コイツ!」
物を壊す行為は好きではないし、自分の物となれば尚更だ。
怒るマリカは剣を構え、フェンヴォルフへと斬りかかった。
「チッ! こんな魔具じゃ威力不足か」
オーネスコルピオのように表皮が硬いわけではないのだが、図体が大きいために致命傷となるダメージを与えにくい。マリカが持つ剣の刃の長さではちょっとした切り傷にしかならないのだ。
つまり決め手となる手段がなく、このままではマリカ達に勝機は巡ってはこない。
「ヤバい・・・どうする、マリカ・コノエ!」
焦りから自分自身にそう問いかける。しかし思考は回らず有効な手立てを思いつく余裕すらなかった。
「マリカ様、わたしに考えがあるのですが!」
「えっ!? 一体どんな?」
フェンヴォルフの前足による薙ぎ払いを避けながらカティアはマリカに視線を送る。どうやら何か策を考えたようで、任せてくださいとばかりに頷きかけた。
「わたしが壊れたら、また直してくださいますか?」
「そりゃ勿論だけど、どうして?」
「いえ、ちょっと勇気が欲しかったから聞いただけなのです。ごめんなさい」
カティアは満足そうに目を閉じ、再び開いた時には強い闘志を瞳に宿らせていた。
そして杖を構えると、正面からフェンヴォルフに立ち向かっていったのである。
「無茶だよ!」
明らかな体格差がある怪物に対して正面から相対するなど自殺行為だ。互角の力があるならともかく、圧倒的に敵の方が強いので尚更である。
しかしカティアは臆することなく走り、なんとフェンヴォルフの顔に向かってジャンプした。
「カティア!!」
フェンヴォルフは獲物から来てくれたとばかりに大口を開け、カティアはその口の中に飛び込む。
直後、勢いよく口が閉じられてグシャッという音がマリカの鼓膜を震わせた。
「そんな・・・!」
フェンヴォルフの歯が折れた音ならいいのにと願うも、そんなワケないという理性の声が脳内に響く。カティアのプランの詳細について知らないがとても成功しているようには思えなかった。
悲嘆に暮れるマリカだが、その心を照らすようにフェンヴォルフの歯の隙間からカッと眩い光が放たれた。
「なんの光・・・!?」
その光が止むとフェンヴォルフは苦痛に悶えるようにひとしきり暴れ、痙攣したのちに倒れて動かなくなった。
マリカが慎重に近づいて確認するとフェンヴォルフは絶命していて、もうピクリともせず白目を剥いている。
「う、うまく倒せたみたいです」
「!?」
フェンヴォルフの口の中から這い出てきたのはカティアだ。着用していたメイド服は汚れてしまっていて、弱弱しくも親指を立ててサムズアップする。
「カティア、足が・・・!」
カティアの右脚は噛み砕かれて原型を留めないほどにひしゃげていた。だがカティアに痛覚は無いのか痛みを感じている様子はない。
「えへへ、なんとかなりましたね」
「今直してあげるからね」
マリカが急いで手をかざし、リペアスキルを発動させる。
「でも何をしたの?」
「外からの攻撃ではフェンヴォルフを倒すのは極めて難しいので、なら内側から攻撃するしかないと判断したのです。さすがに体内の防御力は低いはずですし、口腔から杖で魔弾を撃って内部破壊を狙いました」
なかなかにえげつない戦法ではあるが、これが勝利への近道だとカティアは考えたのだ。でなければマリカを守ることなどできないし、例え自身が損壊してもやるべき使命だと実行に踏み切ったのである。
マリカのリペアスキルによって破壊された右脚も元通りになり、歩行機能も復元されてカティアは立ち上がった。
「何度もありがとうございます。さすがマリカ様、凄い能力ですね!」
「う、うん・・・・・・でも無理し過ぎないでほしいな。こんなになって・・・・・・」
カティアのプランが現状で合理的なものであったのはマリカも承知している。けれど傷ついたカティアを見て、勝利への余韻よりも自分の不甲斐なさに憤りさえ感じた。マリカの戦闘力は並みの魔導士より多少強い程度であり、もっと強ければカティアを傷つかせずに勝てたかもしれず、いくら一級と呼ばれてもまだまだ未熟だなと反省しているのだ。
「でもマリカ様を守ることができました。それで、わたしには充分ですよ」
「カティア・・・まだ私達は出会ったばかりなのに、どうして?」
「主をお守りするのがわたしの造られた意味なのです。ですから、役目を果たせることが何よりも嬉しいですし・・・・・・わたしの中でマリカ様は特別なお方として認識されていて、だから自分が壊れることなど全く怖くありません」
「私が特別?」
「はい。普通の主として以上に、マリカ様のために何かしたいのです」
そんなに慕ってくれているのかとマリカは赤面し照れくさそうに頭を掻く。
「なので今後もわたしを是非頼ってください!」
「私もさ、カティアのためにできることをするよ。一緒に頑張っていこ」
「はい!」
二人の間には長年のパートナーのような絆が出来上がりつつあった。これは普通とは違う、運命の出会いだったのかもしれない。少なくともカティアはそう思っているようだ。
「よし、じゃあまずは車をどうにかしないとね」
日が暮れて星空が広がり始め、二人はひとまず車の修理に取りかかるのだった。
-続く-
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