第6話 看板娘

 マリカはアオナお手製のサンドイッチを頬張りつつ、カティアについての説明を行う。旧世界で製造されたアンドロイドであること、メイドとしてマリカに仕えたいという意思があることなどを簡単に話した。


「なーるほど。へぇ~・・・・・・よく分かった」


「いや絶対分かってない人の反応じゃん・・・・・・まあいいや。ともかくそういうことだから」


「しっかし人間そのものにしか見えないけどねぇ」


「それだけ旧世界の技術力が高かったんだよ。私達の想像を凌駕するほどにね」


 アオナはカティアの手をぷにぷにと揉みつつ、その感触が人間の肌や肉と同じにしか感じなかった。だが壊れたカティアを見ていたことから機械を内包することは知っていて、マリカのように興味をそそられている。


「ねえねえ、カティアちゃんの魅惑のボディの中身をお姉さんに見せてくれないかな?」


「か、体の中身をですか!?」


「どんな構造をしているのか知りたいんだよぉ」


「あの、その・・・・・・」


 怪しい目でカティアに迫るアオナ。そんな二人の間に割って入り、マリカがアオナを制止する。


「ダメだよお姉ちゃん! 旧世界の技術を学びたいからって」


「アオナ様もマリカ様のように旧世界について興味があるのですか?」


「うん・・・・・・お姉ちゃんは学者でもあって旧世界に関する研究調査を行っているんだ。それで機械や魔物を解体して新しい発見をしようとしてるんだけど、解体行為自体に興奮するマジでヤベー奴なんだよ」


 それがアオナに対するマリカの評価らしい。研究のためには機械や魔物の構造を把握するのは必須であろうが、アオナのそれは学術的範疇を超えているようだ。


「失敬な。ウチはただ純粋に旧世界の神秘を解き明かそうと・・・・・・」


「はいはい。カティアに手を出したら許さないからね」


「ワオ! 自分の女宣言みたいでカッコイイね!」


「・・・ダメだ、話にならないな・・・・・・」


 呆れたようにマリカは首を振る。アオナは外では真面目な人間だと思われているのだが、素だとこのようにおちゃらけているのだ。この本来のアオナの姿を知る者は少なく、むしろ変態的な趣味の持ち主などとマリカは知りたくもなかった。


「でさ、カティアをこの家に迎え入れたいんだけど、いいよね?」


「かまわないよん。可愛いコが増えるのはウチ的にご馳走様ってカンジだしぃ」


「やっぱり私達家を出ようかな・・・・・・」


「待って待って! マリカちゃんがいなくなったら店が潰れちゃう~」


 ジャンピング土下座を決め込むアオナはなんとも滑稽だが、こんな姉でも一応は家族なのだ。これまで共に苦境を乗り越えてきた間柄だし見捨てるなんてことはしない。


「ありがとうございます、アオナ様。これでもメイド型アンドロイドなので家事などはわたしにお任せください」


「本当ー!? いやあ助かりますなあ」


 実を言うとマリカもアオナも家事は得意ではない。なので二人にとっては大助かりだ。


「マリカちゃんったらさ、服の洗濯もマトモにできなくてさ・・・・・・」


「お姉ちゃんにだけは言われたくないわ! 自分の部屋の掃除だってちゃんとしてないでしょう?」


 言い合いをする二人を微笑ましく思いつつ、カティアはキッチンへと視線を向ける。そこには汚れたままの食器が積み重なっていて衛生的ではなかった。


「それよりお姉ちゃんは早く開店準備を進めてよね」


「へーい・・・・・・あっ、そうだ。カティアちゃんも後で店のほうに来てね。そっちの仕事も教えるからさ」


 アオナはウインクして店の売り場へと向かう。家事だけでなく店の運営も手伝ってもらうつもりのようだ。


「カティアは便利屋じゃないってのに、まったくもう・・・・・・」


「いえ、いいんですよ。お二人のお役に立てるなら」


「お給料はちゃんとあげるからね。これでタダ働きなんてあり得ないもの」


「そんな滅相も無いです。わたしはアンドロイドですし・・・・・・」


「遠慮しないでいいんだよ。お給料を貰うのは労働者の正当な権利なんだから」


 そのマリカの言葉にカティアは目を丸くしていた。彼女は給料を貰ったことがないのだろうか。


「そんなに意外だった?」


「旧世界では働かせてもらっている者が給料を要求するのはタブーのように言われていましたし、やりがいさえあればお金なんて必要ないという風潮でした」


「現代も旧世界も変わらないんだねぇ・・・・・・実は今もその風潮はあって、雇用主が労働者を奴隷のように扱う企業があるんだよ。募集要項では”和気あいあいとした職場”とか”アナタの頑張りを評価します”とか書かれているのに、実際には無給なうえに無休で、上司から理不尽に暴力を振るわれたりするらしいよ」


 いつの時代も労働者に人権はないらしい。そもそも人間に労働という概念は早すぎたのだろう。


「でもウチは違うから安心して。アンドロイドとか関係なくカティアも従業員の一人として扱うから」


「ありがとうございます。不束者ですが、よろしくお願いしますね」


「ふふ、宜しくね」


 カティアは改めてマリカに尽くすことを誓い、ひとまず水回りの仕事から取りかかり始めた。






 一通りの家事を終えたカティアは売り場へと向かう。様々な道具が雑に陳列されて老舗のジャンク屋といった雰囲気を醸し出す中、カウンターでアオナが分厚い本を開きながら寝ていた。


「アオナ様、お待たせしました」


「んにゃ!? あらカティアちゃんじゃない」


「仰せの通り、参上いたしました」


「結構結構。じゃあ早速、我がコノエ・エンタープライズについて紹介しましょう」


 この店はコノエ・エンタープライズとかいう大仰な名前らしい。せいぜい商店くらいの規模なのに名前負けもいいところだ。

 しかも既に開店から結構な時間が経っているのだが客の姿は無く、閑古鳥が鳴いている状態だった。


「マリカが直した道具類を中心に販売しているのがウチの店だよ。まあ売り上げはアレなんだけどね・・・・・・」


「せっかくマリカ様が直した物なのですから、沢山売れるといいのですが・・・・・・」


「それな。ウチの可愛い妹が接客に出てくれれば売り上げも変わると思うんだけどねえ」


「看板娘ってやつですね」


「そうそう。マリカちゃんはせっかくの可愛さをもっと前面に押し出すべきなんだよ」


 かくいうアオナも美人ではあるがマリカはそれを上回る美少女なのだ。そんなマリカが店に出て接客をすれば、もっと多くの客がくるだろう。しかし対人スキルの低いマリカが店に出ることは少なく裏方に徹していた。


「という感じでウチは営業してるから、カティアちゃんも第三号スタッフとして頑張ってちょ」


「はい! 全力で職務に当たります!」


 ビシッと敬礼したカティアは、ひとまず店内を見て歩く。どんな物を取り扱っているかを把握しなければ商売の手伝いなどできない。

 

「ふむふむ・・・日用品から農具までいろいろとありますね」


 販売されているのは日常生活で使用できる物が多く、ランタンや荷車なども置いてある。これらは機械の発達していない現代において重宝する品で、リペアスキルによって新品同然に修復されているのだから飛ぶように売れてもおかしくないはずなのだ。

 それなのに売り上げが悪いということは、別に要因があるのではとカティアは推測する。


「宣伝活動や呼び込みといった事はされていますか?」


「んにゃ、やってないよ」


「ということは当店の知名度は・・・・・・」


「低いかもしれん! なんせ、ウチは知る人ぞ知る隠れた名店みたいな感じだからね!」


 本当に名店であるなら口コミで広がりそうなものだが・・・・・・

 カティアは知名度の低さが原因だなと考え、それならば客を引きこむことから始めようとメイド服を整えて外に出る。


「コノエ・エンタープライズでーす! 日用品や農具などを販売しておりまーす!」


 と、店前で道行く人々に声をかけていく。そもそも宣伝をしなければ認知されることはなく、多くの人に知ってもらえれば自然と客足は増えるはずだ。


「お姉ちゃん、カティアはどこに?」


 二階の住居スペースから降りてきたマリカがキョロキョロとカティアを探す。初日ということで心配になって様子を見に来たようだ。


「ほれ、あそこ」


「外で何を?」


「呼び込みだってさ」


 アオナの指さす先、扉のガラスの向こうでカティアが見知らぬ老人と会話をしていた。どうやらカティアの宣伝に興味を持って立ち止まってくれたらしい。


「カティアちゃんはウチの看板娘にピッタシって感じだね。おかげで売り上げが伸びそう!」


「頑張ってるんだ、カティアは」


「ウチらとは違ってね」


「だね」


 姉の自虐に頷いてカティアを見守り、マリカもたまには店に出て接客をしようと心の中で決意するのであった。



  -続く-










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