第19話 犯人は……

「なんだい? 刑事ごっこの次は探偵ごっこか? 勘弁してくれ。犯人はわかりきっているだろうに」

 そう言ってチャンドラーさんは悪態をついて座った。

「そうだ! みんな、先生が悲しんでいるのに……。うっ。先生! 先生ー!」

 そう言って泣きじゃくる大波。

「まあまあ。みなさん落ち着いてくださいよお。こんなことをするというのはよほどの自信があるか、もしくは愚者のうわ言か。楽しみましょうよお?」

 ウースター卿はそう言ってけらけら笑い出した。

「……」

 ほかの、横山さん、栄太さん、高田さんは黙りこくっている。

「みなさん静粛に、ですわ。奏多くんから今回の道元氏殺人事件の調査内容を説明してくれますわよ」

 みんなの注目が俺にいく。俺は少し目を逸らして話始める。

「えっとですね。今回の事件、響子さんは犯人じゃありません」

「またその話か! そんな話をするなら私は帰るぞ」

 そういってチャンドラーさんが立ち上がる。

「まあまあ、落ち着いてくださいまし、チャンドラー!」

 神坂さんが立ちふさがり、何とか諫め、座らせる。

「ふん。なら証拠があるんだな。響子が犯人ではない」

「はい! あります」

 俺は力強く頷いた。

「……続けたまえ」

「えっと、実はですね、ある重要なことを見たという人がいるのですよ。……栄太さん、お願いします」

「は、はい!」

 栄太さんは立ち上がり、たどたどしく話を始めた。

「実は僕、昨日、父の部屋に向かった時に、トイレに入る朱音さんを見て。その後、父の部屋の前に朱音さんがいて……」

「つまり、響子さんはあの夜、二人いたのですよ」

 するとチャンドラーさんが立ち上がった。

「!?」

 流石の横山さんでも驚いたようだ。見たことない顔をしている。

「二人!? そんなばかな!? それにどうしてあの時、その話をしなかったんだ!」

「す、すいません!」

 栄太さんを責め立てるチャンドラーさんを俺が間に入る。

「その話は後で説明しますので、少し待ってください」

「しかし!」

「チャンドラー、落ち着きなさい」

 なおも落ち着かないチャンドラーさんだったが、神坂さんに言われると渋々座った。

「響子くんが二人……。ドッペルゲンガーか何かですかねえ?」

 ウースター卿がニタニタと口を漏らす。

「いえ、誰かが響子さんに罪を着せようと変装したのです」

「変装? そんなこと可能なのかね?」

 チャンドラーから疑問が飛ぶ。

「はい。横山さん、あの時見た女性のことをもう一度教えてください」

「はい。髪の長い女性で綺麗な赤いドレスをーー」

「ありがとうございます。では、横山さん。『顔』は見ましたか?」

「へ? い、いえ。見ては……」

 やっぱり思った通りだ。

「ほお、なるほどお。横山くんは、『黒く長い髪』、『赤いドレス』でその女性を響子くんだと判断したわけですね?」

「はい、その通りです。つまり、黒髪ロングで赤いドレスならば、誰でも響子さんのふりができるのです」

 これは自分でも盲点だった。しかし、思い返してみれば、栄太さんの話の時、道元さんの部屋の前の女性は響子さんだとわかったのに、トイレの女性は響子さんだとすぐに気付かなかったという。つまり、トイレの響子さんはいつも通り、ワイシャツ姿だったのだ。あの響子さんだ。パーティーが終わればあんな面倒くさいドレス、投げ捨てるだろう。それに今日、迎えに行った時、ワイシャツのまま寝ていた。

 つまり、俺の中でトイレの響子さんこそが本物ということなり、従って栄太さんの話は信用できるということなのだ。

「しかし、どうやって変装したのですかなあ? 『変幻自在』でも使ったのですかなあ?」

「馬鹿目が。それを使える魔術師はとっくに滅びたわ。私は栄太と里月が共闘しているようにしか思えん」

(あの? 『変幻自在』て、なんですか?)

 俺は隣に座る神坂さんに耳打ちした。

(文字通り、『好きな人、物に変身できる』魔術ですわ。しかし、使える魔術師はもういないのだ、とか)

 そんな魔術もあるのか。と一人感心してしまった。

 すると、高い子供のような無邪気で邪悪な声が響いた。

「あ、わかった! 犯人は高田麻子だ!」

 大波は高田さんを指さす。高田さんはため息をついた。

「どうして高田くんだと思ったのかねえ?」

「だって、高田麻子は天才マジシャンだよ。変装だって簡単にできるじゃん!」

「待ってください。大波様。高田様にはお坊ちゃまと一緒にいたというアリバイがーー」

 横山さんの言葉を俺は遮った。

「残念ながら高田さんのアリバイはありません」

「……どういうことですか?」

 横山さんは俺のことを冷たく睨む。俺は背筋が少し凍りついた気がした。

「それがあったから栄太さんは、二人の響子さんの情報を言えなかったのです。実は栄太さんは高田さんから嘘のアリバイを言えと言われていました」

 視線が高田さんと、栄太さんに向く。

「……」

 二人は黙り込んでいる。

「栄太さんは二人の響子さんを見て、高田さんが変装したと疑いました。そして、突然アリバイを作ってほしいと言われたので、高田さんを庇いたい栄太さんは何も言わなかったと」

「じゃあ、高田麻子が犯人じゃん! よくも先生を!」

 憤る大波を無視して話を進める。

「僕は『焼失記憶』という魔術を使えます。それであの写真を見たところ栄太さんを見つけましたので、僕は栄太さんのアリバイを証明できます。となると、アリバイがないのは……」

 話がこんがらがらないように一部嘘を入れて話をする。

「高田くんしかいないねぇ。もっとも響子くんが変装ではなく、本物の可能もあるけどねえ」

 相変わらず気味が悪く笑うウースター卿。

「そうだ! 栄太がグルになって嘘をついている可能もある! 第一、素人魔術師の君がそれを扱えるか疑問の余地がある」

 チャンドラーさんもウースター卿に同調するように言う。

「奏多くんが『焼失記録』を使えるかどうかですけど、わたくしが証明しますわ。実際、わたくしはそれを一緒に見ました。それに、師匠が使えるのならば、弟子が使えて当然ですわ」

 察してくれたのか、神坂さんが援護してくれる。ありがとうございます。神坂さん。

「……実は、アリバイがない人で名前があがっていない人がまだ一人います」

「誰だねそれは?」

 俺はある人を指さした。

「大波海斗さん。あなたです」

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