第20話 真相
一同は大波を驚いた目で見た。
「はあ? 何言ってるの? ぼく、昨日はチャンドラーとウースター卿と一緒にいたっていったよね? そんなことも覚えてないお馬鹿さんなの?」
当然、大波は反論してくる。
「そうだ。昨日の十一時、確かに私と大波くん、そしてウースター卿は一緒にいた」
チャンドラーが間違いなんてないというように証言する。
「それは本当に十一時だったのでしょうか? 三人がいた談話室には時計がありません。それに、その時チャンドラーさんは時計をもっていなかった。それなのにどうして時間がわかったのですか?」
「だから、言っただろう! 時報が……時報? まさか……」
「そうです。あの部屋は……時計の鐘の音なんか、聞こえないはずなんです」
俺が神坂さんと談話室で話をしていたとき、スマホでは三時を過ぎていたはずなのに、時計の鐘は聞こえなかった。たぶんこれが響子さんの言う、『鍵』なのだろう。
「時報が誰かに偽装されている時点でそれはアリバイとは言いません。そうなるとずっと話していたチャンドラーさんとウースター卿のアリバイは証明できますが、その後来た大波さんのアリバイは証明できません」
「……確かに一理ある」
チャンドラーは顎に手をやった。
「そんなことだけで犯人扱い!? ボクが怪しいだけで決めつけるのは早計なんじゃない?」
俺は大波の言葉を手で遮った。
「いえ、まだ大波さんが怪しいと思うことがあります」
「それはなんですか?」
横山が静かに聞いた。
俺は大波に話を聞いた時を思い出して話した。
「大波さんに話を聞いたとき、『横山たちが見たんだから絶対に犯人だ』と言ったんです。最初は気にも止めなかったのですが、この発言、おかしいですよ」
「特に不審な点はないと思うけど……」
高田さんが頭を傾げた。
「あの場には確かに私と、お坊ちゃまがいますし、発見したのも……もしかして」
「はい、そうです。僕は『焼失記録』で栄太さんがいたことを初めて知りました。皆さんもそうですよね? ですが……大波さんはそこに栄太さんが『いた』と知っているのです」
「うーん。 変だねえ? どうして海斗くんはそれを知っているのかな?」
「これはその場で見ていたとしか考えられません。……例えば犯人として」
バタンと大波が立ち上がる。それにより椅子が倒れ、ドンという音が部屋に響いた。
「ちょっと待ってよ。確かにそう言ったけど、混乱していたんだよ。先生が殺されたショックでさあ。第一ぼくがやったという証拠がーー」
「証拠ならありますよ」
俺は大波の声に合わせるように大声で言った。
「犯人が響子さんに変装したならかつらとドレス、そして道元さんを殺した凶器があるはずです。横山さんに聞いたところ、ゴミの中にそのようなものはありませんでした。さらに横山さんには全ての部屋を調べてもらいました。今のところおかしな物は見つからなかったそうですが。しかし、引きこもっていた大波さんの部屋だけは見れてないそうです。どうですか? 自分が無実だと言うなら、部屋を見せていただけますか?」
「どうなのかね? 海斗」
みんなの視線が大波に集中する。
大波は「やだなぁーアハハ」と誤魔化すように笑うが、やがてその笑いはどんどん小さくなっていった。
すると、大きなため息をついてまるで煙草の煙を吐き出すように言った。
「はあ。上手くいかないもんだね……」
「それでは、自身の犯行と認めるというこですの?」
神坂さんの確認に淡々と答えた。
「うん、そう。ボクが先生を……道元を殺した」
「では、あの時僕と神坂さんを襲ったのわ……」
「もちろん僕さ! これ以上嗅ぎまわれとめんどくさかったし。たぶん、牢屋の上でコミニケションするかと思ったから待ち伏せてたんだよねえ。チャンドラーの決壊を上だけ解除して、あの魔術師がやったことにしたかったんだけど……うまくいなかいもんだね」
俺たちはとても恐ろしい罠にかかったようだった。ゴクリと生唾を飲み込む。チャンドラーは青い顔でぶつぶつと独り言をいっていた。どうやら結界を破壊されたのがよほどショックだったらしい。
「どうして……あなたは道元氏が好きではなかったの?」
「好き……? 大嫌いさ! あんな奴! 母さんと妹を殺した奴に!」
大波は机を思い切り叩いた。
「……どういうことですか?」
俺はあまりの発言に、思わず聞いてしまった。
「ボクの父は『最後の審判』ていう頭のいかれた連中に所属していたんだよ」
『最後の審判』。確か世界滅亡を企ている連中、だったような気がする。
「そこである日、道元と戦って殺されたんだ。だけど、アイツはボクの家に乗り込んで来て、ボクの母さんと! お腹の中にいた妹まで殺したんだ! 跡形もなく! ボクは戸棚で隠れていて逃げられたんだけど……。僕はそこで決めたんだ! 絶対にあいつに復讐してやると」
「酷い……」
高田さんが声を漏らす。
「『信者狩り』か……」
チャンドラーさんがそう漏らした。
「何ですか? それ?」
俺が聞くと神坂さんが代わりに答えてくれた。
「『最後の審判』の信者は、破滅思考に目覚める洗脳魔術が使えるのですわ。子供がいる場合、高確率でかけられている可能があるので、次に伝染しないように……皆殺しにするのですわ」
俺はそれを聞いて少し寒気がした。
「ねえ? アイツは最低のクズだ。ボクが殺さなくてもーー」
すっと手があがる。手をあげた人物は何一つとして話していない。しかし、存在感があった。この場を静粛にする力が……。そして、皆が静まり返ったことを確認して、この館のメイドは口を開いた。
「失礼ながら、補足説明をさせていただいてよろしいでしょうか?」
銀髪を輝かせて、横山さんはそう言った。
「どうぞ……」
「旦那様には死んでも黙っていろと言われました。しかし、私は……その約束を破らせもらいます。旦那様、申し訳ございません。これは貴方の名誉のためです」
メイドはここにいない主にお辞儀をし、目を開いた。
「はっきりと申し上げます。旦那様は……黒崎道元様はそのようなことはしておりません」
「……そのようなことて、なんだよ?」
「道元様は、大波様と高田様の母親を殺してはおりません」
「!? 今、なにいって……」
メイドは目を瞑り、過去に思いを馳せた。それはまるで天使かなにかと勘違いしそうだった。
「道元様は……大波輝明様を倒しました。彼とはご学友でとても親しかったそうです。とても激しい戦闘でした。その後、輝明に道元様は子供と妻を託されます。信者狩りを恐れた道元様は、急いで輝明様の家に駆けつけました。しかし、そこには妻とお腹の中の娘しかおらず、息子はいませんでした。道元様は仕方なく、妻と娘を隠し、協会には『始末した』と報告しました。その後、行く当てのないお二人、直美様と麻子様をこの館に匿いました。しかし、道元様は魔術協会の会長。発覚するのも時間の問題でした。そこで、直美様に生活資金を託し、コネを通して、お名前を偽装し、この屋敷から立ち退いてもらったのです……」
「じゃあ、それって……父は、道元は……裏切ってなかった」
「そうなります」
サーッと頭の中が白くなった。あまりの事実に驚いたのだ。僕は、道元さんが殺されても仕方ない人物だと思っていた。だが、それは間違いだった。本当はとても優しい人だったのだ。優しいから何も言わず、影で手を差し伸べる。それはまさしく古典派のいう理想の魔術師像だった。それ故に、道元さんは殺されてしまったのだ。
「おい。冗談だろ? あいつが母さんと妹を殺してないなんて……」
「残念ながら、真実です」
頭を抱える大波に横山さんは淡々と言い放った。
「嘘だ……。嘘だ! 嘘だ! 嘘だあああああ!」
荒々しく泣き叫び、地面を叩く大波。それに高田さんが近づいた。
「……兄さん。……兄さん……!」
「麻子……。ごめん。麻子……」
そう言って二人が初めての再会をし、お互い抱き合おうとしたが……。
突然、爆風が響きあたり、俺たちは尻もちをついてしまった。
「魔術取締局だ! 全員その場を動くな!」
若い女性の声がし、銃のようなものを持ったスーツの男女が、俺たちを取り囲こみ、銃を向ける。
俺たちはただ、その場で手をあげるしかなかった。
すると、カツン、カツンと杖を着く音がした。その音の方を見ると猫背の三十歳ぐらいの男が右手の杖を上げ、人当たりの良さそうに笑みを浮かべた。
すると、赤髪の若い女性がその男へ敬礼した。
「制圧しました!」
「ありがとうNKちゃん」
「はい。あと、私は弐島カリアです。橋本警部」
橋本と呼ばれた男はボリボリと頭をかいた。
「それで、あれなんだけど……。ここにいる人を拘束したからといって、制圧したとはいえないじゃない? 他の部屋にも誰かいるかもしれないし」
「はっ! し、失礼しました!」
青い顔になった弐島という女性は何名か引き連れて、他の部屋へ行った。
「すいませんねえ、うちの部下が。ほら、お前たち、銃を降ろせ」
橋本の声で銃口が下がり、俺は安心した。
「申し遅れました私は魔術取締局警部、橋本です」
男は警察手帳のようなものを俺たちに見せた。警部ということなので、警部補の古鷹さんの一つ上だ。
「それで? 容疑者の朱音響子はどちらに?」
キョロキョロとアタリを見渡す橋本。俺はゆっくりと口を開いた。
「実は……」
俺は今まで起きたことを話した。
「なるほど……。そのようなことが……」
橋本は頷くと、コツコツと杖を言わせ、床でうなだれている大波に近づいた。
「大波海斗。今の話は本当でいいのだね?」
「……はい」
「わかった……。大波海斗。殺人容疑で逮捕する。『拘束』」
すると、大波の腕に輪っかができ、それが手錠のようになった。
「お前らは、現場調査と事情聴取だ」
カツン、カツンと杖音を立て、橋本警部は大波を引き連れていく。
「警部! 地下に女がいましたよ! こいつが犯人ですか?」
「響子さん!」
弐島は響子さんに手錠をかけ、広間まで来た。その時の響子さんはいたっていつも通りで安心した。
「いや。こいつが容疑者だ。引き上げるぞNKちゃん」
「だから~! 私は弐島カリアですってえ~!」
弐島は響子さんの拘束を解除すると、橋本警部や大波と共に外へ出る。
「ああっ! 兄さん……。兄さん!!」
扉が閉まり、ただただ高田さんの泣き声が木霊するのを、俺は拳を握りしめて見ていた……。
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