第18話 あるマジシャンの告白

「話ってなにかな?」

 高田さんはそう言って、ベッドの上で微笑した。

 俺たちは栄太さんを連れて、高田さんに会いに行った。

 高田さんは俺に引き剥がされた後、自室にいたようだ。

 俺たちは入口に立って話をする。時計の針は十四時をさしていた。

「麻子、正直に言って欲しいんだ……どうして僕に嘘を言うように、言ったの……」

 栄太さんは絞り出すような小さい声で聞いた。

「……何の話かな?」

 高田さんは笑顔のまま聞き返してくる。

「ぼ、僕が昨日の夜、一緒にいたって……」

 すると、高田さんは「はーあっ」とため息をついた。

「秘密にするて、約束したじゃん。栄太くん、口軽い?」

「ふざけないでくれ。僕は……本当の事が知りたいんだ」

 弱気ながら頑張って聞き出そうとする栄太さん。俺は彼から揺るがない覚悟が見えるようだった。

「高田さん。お願いします。教えてください。……あの時、何をしていたのかを」

 俺も栄太さんに加勢する。

「そんなこと言われても困っちゃうよ……」

 高田さんは、目を逸らす。

「麻子。僕は君に感謝している。だから友達としてちゃんと話がしたいし、……罪があるなら僕も一緒に背負う……よ。たぶん」

「こう言うのは最後までかっこよく言ってよ! もう!」

 見つめ合う二人。最初に折れたのは高田さんだった。

「はあっ。わかったわよ。話すわよ! 話します。あんまし面白くない話だから、それでもいいなら……聞いて」

「わかった」

 栄太さんはそう言って頷いた。

「何から話そうか……。そうだね、まずは過去について話そうか」

 そういって高田さんはいつものように笑った。部屋に充満するラベンダーの香りが鼻についた。

「私ね、実は道元の娘。……つまり、栄太くんの妹なの」

「!?」

 青天の霹靂。雷に打たれたような衝撃が伝わった。

「し、しかし。道元氏は奥様が亡くなってから再婚は……」

「だってお母さんと私を捨てたのよ? 当然、隠蔽ぐらいするでしょ?」

「……」

 沈黙がその場を支配した。神坂さんは何も言い返せないようだった。

「私のお母さんは、愛人みたいな感じ。私を身ごもったことで、発覚を恐れた道元はお母さんを捨てた……。ドラマだとよくある展開でしょ? そして、私を産んで、必死に働いたけど、私が中学の時に病気で死んじゃった」

「……」

 俺は何も言うことが出来なかった。俺も両親を早くに亡くしている。しかし、人によってここまで違いがあることにただただ驚き、何よりあの明るい彼女がこんな闇を抱えていたことに衝撃を受けた。

「その後は、私は路上で少し習った魔術と手品をして生活したの。幸い、お母さんは莫大な財産を残してくれたし、母は少しだけど魔術を知っていて、教えてくれたから……。それから私は手品では天才と呼ばれるようになったし、冠位試験では第六位。全てが順調だった。……だけどある日招待状が来た」 

 高田さんは鞄から一枚の封筒を出す。それは僕にも送られてきた招待状だった。

「『是非とも手品を披露してほしい』だって。面白いよね? 捨てた実の娘に出てほしいなんて。そこで私は決意した。……お母さんの仇を撃とうと」

「くっ……!」

 栄太さんは歯を食いしばり、拳を強く握った。

「私は二十三時に朱音さんが招待されていることを知り、彼女に変装して、復讐を果たした。……ただそれだけの話。どう? 面白くなかったでしょ?」

 そういって彼女はいつも通り、まるで向日葵でも咲いたかのように笑った……ように見えた。

「……麻子」

「ごめんなさい。貴方のお父さんの命を奪ってしまって……。本当は貴方に近づいたのは、道元に近づくためだったんだ。……最低だよね、私」

「……最低、かもしれない。だけど、僕は君の言葉で救われた。楽しかったんだ。……ただそれだけでよかった、と思うよ? た、たぶん」

「……まったく。最後までかっこよくないんだから」

 栄太さんの言葉にそういって高田さんは寂しそうに笑った。

「さあ、私をみんなの前に連れていって。そしたら貴方の師匠さんも解放されるから」

 高田さんは立ちあがり、俺の前に来る。

「その前に、一ついいですか?」

「いいよ」

「どうして僕らを襲ったのですか?」

 その言葉を聞いた彼女はなぜか目をパチパチさせた。

「……へ?」

「だから、今日の十一時くらいに、僕らを襲ったでしょ!」

「? あ、ああ! そうそう! このままだと私が犯人だとばれてーー」

「待ってよ! その時間は僕と横山と三人でいたじゃないか!」

「あ、あれ? そうだっけ……」

 アハハ……。と笑う高田さん。

「高田さん、本当は道元さんを殺していないのでは?」

「……なんで、かな? 自白もしてるし……」

「その自白もおかしいです。頑張って隠そうとしている割には、バレるとすぐにペラペラ喋る……。それに、僕らが襲撃されたことを知らなかった。演技という可能性もありますが、ここで知らないふりをするメリットがない。違いますか?」

 俺は高田さんの顔を真剣に見つめた。

「……はーあっ。敵わないなあ、奏多くんには。そう。私は道元を殺してない。……殺せなかった臆病者よ」

「臆病者……」

「実行に移そうとしたのは本当。昨日の十時四十五分。道元の部屋に行こうとした時、廊下の奥から誰か来たの。だから、通り過ぎるまで部屋で待っていたんだけど、そんな時に気が付いてね。ああ、私はなんて惨めなんだろうと。生まれたときは恵まれてなかったかもしれないけど、私は胸を張って言える。自分の十八年は誇れるものだったと。それを壊してもいいのかな? て考えちゃって、結局できなかった」

「じゃあ、どうして自分が犯人だって嘘を……」

 すると、高田さんは俺の鼻の先まで近寄ってきた。ラベンダーの香りに蜂蜜のような甘い匂いがする。

「じゃあ、私が犯人じゃないて誰が信じるの? アリバイもない、変装もできる、動機だってある。私より犯人に近い人間はいないよ?」

「だから、あんな嘘を言ったのか……」

 栄太さんは納得したようだった。

 でも言われた通りだ。高田さんが犯人じゃないとなると誰が犯人なのか? すると遠くで時計が鳴る音がした。この部屋は下に談話室があるから、談話室近くの時計だろう。

 スマホをみるとちょうど五時だ。

 あと、一時間で魔術警察が来る……。このままでは響子さんが。

「どうしましょう。時間が……」

 神坂さんがそう呟く。何かないのか? 犯人に繋がる重要なーー

「鍵 は 時計 の 中 にーー」

その言葉で一つの光が見えた。

「神坂さん。皆さんを集めてもらっていいですか?」

「へ? わ、わかりましたわ!」

 そう言って部屋を出ていく神坂さんを俺は呼び止めた。

「あ、ついでに横山さんに伝言を頼みます」

「横山さんですの?」

 俺は神坂さんの耳元で囁いた。

「ーーーーー」

「? わかりましたわ」

 そう言って神坂さんは部屋を出ていた。

 俺の推理が正しければ……あの人が犯人に違いない!

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