第10話 暗雲
響子さんを連れて、みんなが集合するという大広間に向かう。
「う……。気持ち悪い……」
響子さんはいつも通りのワイシャツ姿だ。
「ちょっと響子さん! しっかりしてください! 人が死んでいるんですよ!」
響子さんの手をとり、大広間に行くと。人が集まっていた。
「あ! こっちこっち!」
すると、高田さんが手を振ってこっちに来るよう促す。
高田さんの他には、朝に黒崎道元さんの部屋の前にいた神坂さん、チャンドラーさん、栄太さん、ウースター卿、横山さんの六人。そして僕と響子さんを入れれば計8人だ。
みんなは一つの大きなテーブルの前に座りもせず立っている。いや、ウースター卿だけは椅子に座り、優雅にティーカップを飲んでくつろいでる。
「これで全員揃ったのかね?」
チャンドラーさんが貧乏ゆすりをしながらそう言った。
「いえ。今回宿泊されたお客様は計8人。大波様がいらっしゃりません」
淡々と言う横山さんには、先ほどまでの悲しみを感じさせなかった。
「早くそいつを連れてこい!」
チャンドラーさんは声を荒げる。
「えっと、それがね。ほら? 海斗くんは道元さんが大好きだったから……部屋にこもって泣いているのよ」
高田さんがえへへと困ったように苦笑いする。そういえば、パーティーで道元さんのことを『先生』と言って慕っていたな。
「さっさと連れてこないか! そいつが道元を殺した犯人かもしれのだぞ!」
「ちょっと! チャンドラー! まだこの中の人が殺したなんて……」
「では、外部からの侵入があったのかね!? するとまた『最後の審判』の連中が……」
「それなのですが……」
荒ぶるチャンドラーに対して、栄太さんが恐る恐る手を挙げた。そして、高田さんがそれをサポートするように話す。
「とりあえずみなさん、一旦落ち着いて。座りましょ? それから今後について話しましょ?」
ひとまず全員着席し、状況整理に入る。まずは栄太さんがぼそぼそと口を開く。
「まず、チャンドラーさんの話ですが……部外者はありえません。この鏡蘭館では出入りすると、必ず横山と……父に連絡がいきます」
「帰る時も同じく、だよね?」
高田さんが確認をとる。
「はい。昨日の9時くらいに最後の人が出て行った後、そこからこの館にいるのは計十一人。もちろん僕と、横山、父さんを含めてです。それでいいんだよね? 横山」
「はい。お坊ちゃまの言う通りです」
「となると、外部の線は薄いのですわね」
ふーん、と相打ちをうつ神坂さん。
「はい。そう、なります。まあ、いつ、その……こ、殺されたのかわからない、ので、なんとも言えません、が」
神坂さんの言ったことを歯切れ悪く話す栄太さん。栄太さんはそれっきり下を向いて黙り込んだ。
「それで? 道元はいつ殺された?」
チャンドラーが神坂さんに尋ねた。
「わたくしとウースター卿の検死によりますと……昨晩の11時から12時あたりですわ」
11時。確か、神坂さんとお話していたときだ。
「ふん! やはりこの中に犯人がいるのか」
「それか、まだ潜伏している、とかですかなあ?」
悪態をついたチャンドラーに、ウースター卿が水をさす。
「この間抜けめ! 栄太が言ったではないか! 9時以降ここにいるのは11人だと」
「では、何らかの術で連絡が行かないようにした、そうとは考えられませんかねぇ?」
「何を、馬鹿なことを! これだから貴方はっ!」
「二人とも落ち着いてくださいまし!」
二人の会話を強引に神坂さんが止めた。
「それでチャンドラー。魔術取締局(M.C.S)は何と?」
「ああそうだった。奴らあと数時間たたないと来れないと抜かした」
「……それはどうして?」
「どうにも、この鏡の世界に入れないそうだ」
「!? そんな筈は……」
栄太さんは目をぎょっとした。
「私もそんな馬鹿なと思って、外に出ようと試みたがダメだった……」
「つまり、わたくし達は閉じ込められた、と」
「そう、なりますね……」
沈黙がやってくる。いや、正確にはみんな不安なのだ。もしかしたら隣の誰かが殺人鬼で、自分のことを狙っているかもしれないのだ。
ごくりと生唾を飲む。
一体誰がこんなこと……。
「では、我々でなんとかしないといかんのだな。なら、話は単純だ。犯人を捕まえて閉じ込める。この手しかない。私の結界なら魔取りが来る間まで閉じ込められる」
「本当に、犯人がこの中にいるのでしょうか?」
高田さんの疑問はもっともだ。だが、今までの証言から信じるしかないと思う。
「残念ながら道元氏は鋭利な何かで複数も刺され殺されていましたぁ。ああ! なんと惨たらしぃ! 余程の恨みがあったのか、それとも相手をいたぶるのが好きなサジェストなのか……。ああ、私は悲しぃ!」
ウースター卿はそういってニタニタ笑う。
「そういえば、誰か道元さんと最後に会ったのですか?」
すると、横山さんがするりと手を挙げた。
「私は旦那様に、9時くらいから仕事をするから邪魔しないでくれと仰りました。ですので私は厨房にて明日の支度をしていたのですが、11時あたりに旦那様の部屋の前の廊下を通ったとき、お客様が入っていくのを目撃いたしました」
「死亡時刻と近いな……。一体誰が?」
チャンドラーが食い気味に聞く。すると、驚くべき人を指した。
「朱音響子、様です」
「!?」
一斉に視線が響子さんへ向く。一方響子さんはまだ気持ち悪いらしく、項垂れていた。
「ちょっと待ってくださいよ!」
俺は精一杯反論しようと立ち上がった。
「なるほどぉ! 確かに彼女ならこの犯行に納得できます! 彼女の能力ご存知でしょ? 『八本腕』! 夜には勝ち目のない『灰色の魔女』! 彼女ならば冠位3位の道元さんですら殺すことが可能でしょぉ!」
「そんな馬鹿な! 響子さんが人を殺す理由がないじゃないですか! ただ、見間違えたかもしれないですし!」
俺は響子さんを必死でカバーする。だが、みなからの疑念を拭えない。すると横山さんが立ち上がった。
「でしたら証拠をだしましょう」
そう言うと、横山さんは何も書いてない紙を持ちだした。
「何をするのですか?」
「私の魔術は『記憶放出』。自分の脳内の記録を映し出すことができます。私はこれでよくお客様の顔を覚えるのに使っているのですが……。ほら、でました」
すると、紙に黒髪ロングの女性が道元さんの部屋に入っていく様子の写真が見えた。厄介なことに、横山さんの腕時計のようなものも写っており、そこには11時04分と針が刻まれていた。
「……」
あまりのことに言葉をなくしてしまった。
「どうなのかね? ……朱音響子」
チャンドラーさんが疑いの目で響子さんをみる。
「……確かに私はその時間、黒崎道元氏に部屋に来るよう言われました」
「……響子ちゃん?」
その言葉に神坂さんも驚いたようだ。
「ふーん。やはりそうでしたかぁ。実はこんなものが落ちていたのですよぉ」
ムフフと笑い、ポケットから取り出したのは一通の手紙だった。それを神坂さんがひったくる。
「『今夜11時に私の部屋に来てくれ。待っているよ響子。 黒崎道元』……」
「これで決まりだな……」
チャンドラーはあたかも犯人が響子さんのように言う。
「待ってください! 動機は? 動機は何ですか? どうして響子さんが人を殺さないといけないのですか? どうしーー」
すると、響子さんが俺の前に手を制し、黙るように促す。
「奏多くん、もういい」
「でも、響子さん!」
響子さんは俺の話を遮り、みんなに白状するように話す。
「私は昨日酔っており、記憶がありません。招待状を受け取り、道元氏の部屋に行ったのかも、道元氏を……殺したのかも」
「……」
「しかし、これだけは言っておきたいです。私はこの館では魔術を使えません。ご存知ですよね、ウースター卿?」
ウースター卿に質問を飛ばす響子さん、しかし、相変わらずニタニタと笑うウースター卿。
「さあ、どうでしょうかぁ? 確かに貴方の魔術は特殊だ。しかし、特殊だからこそ我々の知らない裏道を知っているかもしれない!」
「……そう言われてしまうと反論できませんね。なにせ、私自体が私を信じられていない。そんな状況ですし」
「……」
俺はただ黙って行く末を見届けた。
「……わかりました。私を閉じ込めてください。そうすればみなさんの不安が解消するというのなら」
「……響子さん」
「待ちなさい! 響子ちゃん! あなた、もし捕まったらどうなるか知っていますわよね? 魔取の連中は自白を強要するようなヤバイ連中ですわ。今回は殺人だから一緒牢獄行きですわ! それでもいいのですわ!?」
すんなりと捕まる響子さんを止める神坂さん。だが、響子さんはニコリと笑った。
「大丈夫よ弓削。奏多くんがいるから。……後は任せたわ」
「任せるって、なにを!?」
「この事件の真実を、君が明かすの。私の可愛い弟子くん」
そう言い終わると響子さんは手を振り立ち上がった。
「地下に牢獄がございます。朱音様。ご案内をさせていただきます」
横山さんも立ち上がり、響子さんを連れ監禁場所まで歩いて行く。
「私も行こう。さっきも言った結界を張ってくる」
チャンドラーさんも立ち上がり、一回俺らを見廻し、それから二人に続いた。
しばらくすると、三人の影は廊下の闇へ消えて行った。
(この事件の真実……)
俺はどうも響子さんがやったとは思えなかった。あの響子さんがだ。ゴミを捨てることすらめんどくさくてやらない人が、人を殺すことなんてするのだろうか?
いや、絶対にない! ありえない!
だったら俺は、響子さんの弟子としてこの事件の真実を見つけ、響子さんを解放する!
それしか俺にはできないから。待っていてください、響子さん!
俺は響子さんが消えた廊下を見た。大広間には沈黙とウースター卿の笑い声だけが響いた……。
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