第9話 鏡の国の殺人
「ーーーーーーーー!」
ドタバタと荒げる声や、足音で目が覚める。
時計を確認すると、朝の七時を指していた。
(なんだか騒々しいなあ)
俺は背伸びして、欠伸をする。
(寒い)
この部屋にはエアコンなんてものはない。もっとも、魔術師がエアコンをつけている姿はなんだか面白い。うちの事務所にはバリバリ電化製品が多いが。響子さんは寒がりなので冬場はガンガンにつける。そこら辺の違いは昨日神坂さんが話した、派閥が関係あるのだろう。この屋敷は黒崎道元さんのもの。古典派トップだからこそ、一般人が作った物を置けないのではかろうか?
そんなことを考えていたら、目が覚めた。
着替えを済ませ、外に出る。響子さんでも起しに行こうかなと考えていると、ある部屋の前に人だかりができていた。
道元さんの部屋だ。部屋の前に神坂さんや高田さん、栄太さん、そして見知らぬ背の高い金髪の中年男がいた。誰も浮かない顔や信じられないものを見たような顔ををしている。
「どうしたんですーー!?」
俺は神坂さんに話しかけた時に、部屋の中が見えてしまった。
そこは一面赤黒かった。壁にまでインクが飛び、床に落ちた書類に下手な水墨画のようになっている。椅子は倒され、そこに苦しそうに顔を歪ませ倒れている蒼白な顔の男性。彼の体には何箇所も刺されたような跡があり、服に穴が開いている。
そう、それは日本魔導連盟会長、黒崎道元の変わり果てた姿だった。
「旦那様……。旦那様……!」
部屋の中には、座り込み悲しみに暮れている横山さんがいた。こちらからは顔が見えないがたぶん、泣いているのだろう。彼女の下には割れたティーセットが散乱している。
「これは、いったい……」
俺は驚きのあまり言葉がでなかった。
「さっきね、横山さんの悲鳴が聞こえたから駆けつけたら……」
高田さんがそう説明してくれた。彼女の顔も何かに怯えるように、前の活気がなかった。
「……」
息子である栄太さんは、ただ黙って頷いている。
「誰だ!? 誰が殺したんだ!?」
喚きだす金髪の男性。
「チャンドラー、まだ殺人だと決まったわけじゃ……」
神坂さんがなだめる。この金髪の中年男性がチャンドラーのようだ。
「しかし、神坂! これのどこが殺人じゃないと言うんだ! きっと奴らの仕業だ!」
そう言うと、チャンドラーは栄太さんを殺しそうなばかりの目で見た。栄太さんは相変わらず地面を見ている。
それは一体誰なんだろう? そう思った時、場違いなほど明るい男が登場した。
「おやおやおや? みなさん集まってどうしたのですかなあ?」
ウースター卿だ。相変わらずそのハンプティダンプティのような顔はヘラヘラとした笑みを浮かべている。
「ウースター卿! 実は道元さんが……」
高田さんの真剣な声を聞き、無言で部屋の中を見る。
「ほうほう! なるほど! つまり道元くんは死んだ、と。ほほう!」
「何が可笑しい!?」
突然、チャンドラーが怒鳴る。
「いや、失礼! 私の癖でしてねえ?」
「黙れ! 言い訳は無用だ! お前らが殺したんだろ! 道元は古典派の筆頭核! それを殺せば革新派の栄太になる! どうなんだ! ええ!?」
チャンドラーはウースター卿と栄太さんを見渡す。ウースター卿は気持ち悪い笑みを浮かべているだけだった。
険悪なムードになるなか、パンパン! と手を叩く音が聞こえた。皆の視線が音の方へ向く。それは神坂さんだった。
「みなさん落ち着いてくださいませ! 犯人捜しは後ですわ。まずは状況整理から。横山さんは他の宿泊客の把握、チャンドラーは魔術取締局(M.C.S)に連絡、栄太さんと高田さんはこの館の警備を確認、ウースター卿とわたくしはここで検死、奏多くんは響子ちゃんを起こす。よろしいですか?」
鶴の一言とはこのことか、神坂さんは的確な指示を出した。しかし、それに不満がある人もいるようだった。
「ほほう! 神坂くん! 偉くなったねえ! 上位冠位がゴロゴロいる中でそのように上から指示を出すなんて! なんて滑稽的!」
しかし、それに対していつも通りのように冷静に返す。
「館の主が死に、機能が麻痺してますのよ? 誰かがこのように指示を出さないといけないですわ。……それとも、かわりにやっていただけます? ウースター卿」
すると愉快そうにウースター卿は笑った。
「ハハハ! その通りだよ。すまないねえ、からかってしまって! 私は不満はないが、どうだろ? チャンドラー?」
「……私も問題ない」
そう言うとみなやるべきことをするため、別々になった。
俺も、響子さんを起こさないと! 歩みを奥の廊下へ進めた。
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