第7話 会合

「高田さん! どこまで連れていくんですか!?」

「ああ、ごめん! ごめん! 着いたよ」

 高田さんは俺から手を離した。捕まれた手が少し温かい……。いや、そんなことより。

 俺が高田さんに連れられ、たどり着いた先はあるテーブルだった。そこには背が160あるかないかぐらいの弱々しい男性と、横に横山さんが命令を待つように待機していた。

 俺に気づいた横山さんは俺に軽く会釈……するかと思ったら高田さんに向かってだけ会釈した。……俺、嫌われているのかな?

 それに気が付いた男性がこちらに振り返った。

「ヤッホー! 栄太くん!」

「高田さん。 それに……こちらの方は?」

「……お坊ちゃま。まずは自分の名前を名乗るのが礼儀かと」

 当然の疑問を言った栄太という男性に、ボソッと注意する横山さん。

「お坊ちゃまなんてやめてくれと言っているじゃないか! 僕なんかに黒崎を継ぐ資格は……」

「ですが、お坊ちゃまは旦那様の正式な跡継ぎ。一人息子でいらっしゃいます。もっと自分に自信を持ち、黒崎家の自覚とそれに相応しい態度をーー」

「もお! うるさないな! ……わかってるよ、それくらい」

 二人で言い争う現場をただ眺めている俺に、高田さんが耳元近くに寄る。ふわりと香るラベンダーが俺の鼻孔をつついた。

(この人は栄太くん。黒崎栄太。会長の息子さん。ごめんね! いつもこうなんだ)

「べ、別に大丈夫です」

(そう! よかった)

 すると、高田さんは俺から離れた。

「ほら! 栄太くん、自己紹介しないと!」

 その言葉に気が付いた栄太さんは驚いた顔半分、申し訳ない顔をする。

「!? うっかりしました。すみません、お見苦しいものをお見せして。僕は黒崎栄太です。……栄太と呼んで貰えると嬉しいです」

「え、えっと。俺は里月奏多です。魔術師見習いですが、よ、よろしくお願いします!」

 俺は軽くお辞儀をした。

「はい! よろしくお願いします。あの……奏多さんと呼ばれてもらっていいですか?」

「あ、はい! お願いします!」

 俺はそう言って栄太さんと握手する。栄太さんはいい人そうだ。よかったと一人安堵する。

「あれ? あれ? なんだか楽しそうな事やってるね! ボクも混ぜてよぉ!」

 突然、若い男の声と共に、俺と高田さんの間に割り込んでくる。

 その青年は、背が150cmぐらいの低身長だ。顔も童顔で子供のようだ。

「たしか大波海斗くん、だっけ?」

 高田さんがそう聞くと、大波は目を輝かした。

「あの高田麻子に名前を覚えてもらえるなんて嬉しいなあ! そうそう! ボクは大波海斗。水属性ぽいでしょ? でも違うだなぁ~それが」

「水属性?」

 饒舌に語り出す大波の言葉に引っ掛かりを覚える。

「魔術師には扱う『属性』と『研究目標』というものがあります。その基礎となる属性の話ですよ」

 高田さんが補足してくれる。たしか、神坂さんが話していたような……。

「そんなことも知らないの? 困るなあ、そんなんじゃ、今年はボクに勝てないよ?」

「何かあるんですか?」

「きっと『冠位試験』の話をしているんじゃない?」

「『冠位試験』? たしか、魔術師のグレードを決めるテストでしたっけ?」

 『冠位試験』。高い順位になればなるほど給料が高く払われる。ちなみに響子さんは冠位十二位なので最下位だ。

「そうそう。今回は春におこなわれる『卯月試験』は、新人魔術師だけが参加できる登竜門なんですよ。 奏多くんは出るの? 試験?」

 高田さんがそう聞いてくる。

「いや、そんな予定はないですけど……」

「よかったねえ! ボク、弱い者虐めは好きじゃないんだ」

 大波の上から目線にイライラを募らせるも、自分の実力のなさに言い返せない。

 そういえば、前もこんなことあったけ……。

 脳裏に過去の記憶が蘇る。

 冷たい、冷たい教室。端っこに俺は座っている。横には友達たちがこれから行く大学の話をしている。どれもこれも有名大学だ。

「なあ? 奏多はどこ受かったんだ?」

 何気なく聞いた友人の言葉が、刃物のように俺の心に突き刺さる。

「俺は……○○大学」

 虚勢を張る。意地でもバカにされるのが嫌だ。下に見られるのが嫌だ。置いて行かれるのが嫌だった。だけど、虚勢を張れば張るほど、苦しくって、虚しくって、嫌で。でもまた嘘をつく。その繰り返し。

 こういうのを悪循環といっただろうか? 俺は……。

「奏多くん! 大丈夫?」

 高田さんに肩を叩かれ目を覚ます。高田さんはこちらの顔を覗き込んでくる。……正直近い。女性特有のいい香りがする。俺は慌てて顔を逸らした。

「……大丈夫です」

「え? でも、顔が赤いよ? 本当に大丈ーー」

「大丈夫ですっ!」

 照れ隠しに大きな声を出してしまったことを少し後悔した。すると、突然辺りが暗くなった。

「本日は睦月の会にご来場いただき誠にありがとうございます。まずは挨拶に日本魔導機関会長、黒崎道元氏です」

 すると、壇上にスポットライトのようなものがあてられ、道元さんが姿を現す。相変わらず疲れているように見えるほど、顔に皺が多い。

「あっ! 黒崎先生だ!」

「先生?」

「うん! 僕の先生! もう、本当に凄いんだよ! あーあ、どうして僕があの人の息子じゃないんだろ?」

 大波は後ろの栄太を見ながらそう言う。嫌味で言っているのではなく、まるで子供のように無邪気に言っているからなお悪い。

 栄太は大波や道元さんから目を逸らした。メイドの高田さんはただ黙って側に控えていた……。

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