第6話 ハンプティダンプティ
横山さんに案内され、部屋で荷物を降ろした僕たちは(当然別室)午後七時に大広間へと訪れた。大広間には日本人や外国人など様々な客層がいた。だいたい百人ぐらいの人数が大理石を扱った大広間で楽しそうに話したり、食事を楽しんでいる。
これが全員魔術師だと思うとなんだか不思議だ。俺は物語みたいに変な恰好をした人たちで溢れているのかと思っていたからだ。
俺は少し外側にあるテーブルで、ナイフとフォクーを使い、優雅にまるでどこかの令嬢のように食事をする響子さんと二人で座っていた。
神坂さんは挨拶があると消えてしまい、知り合いがいない俺と、友人関係がまったくなさそうな響子さんと、ただこうしているしかできなかった。
「響子さん、パーティーて案外暇なんですね」
「それはそうよ。特に友達がいないとつまらないでしょうね」
「……ちなみに響子さんは? ご友人とか?」
目をパチリとしてから至って普通に言った。
「弓削ぐらいかな? そういうの面倒くさいし」
「あ、はい」
やっぱりか、知ってた。この人ならそんな気がしていた。
「でも、いるにはいるわよ。そうね……奏多くんにわかるように言うとオンライン上で」
「オンライン、上?」
ネット友達というやつだろうか?
「使い魔同士で交流しているのよ。まあ、偽名だし会ったこともないんだけどね」
「へえー」
「だから本当の私を知っているのは弓削ーー」
「おやおや? 友人である私をお忘れかな?」
「!?」
突然、後ろから声がして振り返るとそこでも驚き、声が出せなかった。
ハンプティダンプティがいたのだ。正確に言うのならダチョウサイズ、いやそれ以上。そうとしか思えないぐらい顔が丸いのだ。そいつは如何にも高そうな服を、人形の服のように身にまとっていた。
俺の視線に気が付いたのか、ギラギラする目でそいつは顔を近づけてきた。
「おやおや? 知らない顔ですね? あなた、お名前は?」
ニタニタと笑っているかのような口周りの皺、いや奴は笑っているのか? 区別化がつかない。
「さ、里月奏多……」
「里月? ああ、噂の響子くんの弟子の……」
「ゆ、有名なんですか?」
「ええ、そりゃあもちろん。なにせ『灰色の魔女』と言われた彼女が弟子を取るなど不快痛快摩訶不思議! 羨ましくもあり、妬ましくもあり、悲しくもあり、寂しくもあり、怒りもある……それぐらいの出来事さ! 私にとって!!」
顔をギリギリまで俺に近づき、唾が飛ぼうがお構いなしに畳みかける。やばい。こいつはマジでやばい人間だ。
『灰色の魔女』。確か、響子さんの冠位が十二位で、灰色の王冠を持っている。だが、その圧倒的戦闘能力からついたあだ名だと、響子さんが自慢げに話ていたなあ。
「は、はあ」
とりあえず、返事をしたら不思議そうに首を傾げた。すると急に瞳孔が細くなったと思うと、俺から離れ、お辞儀をした。
「これはこれは失敬。私としたことが自己紹介を忘れるなんて言語道断! 紳士らしからぬ振る舞いをしてしまった。では改めて名乗ろう! 私の名はーー」
「それで、ウースター卿。ご用件はなんでしょうか?」
綺麗に響子さんが言葉を遮った。
「何だ覚えているではないか? ええ? 響子くん? でも、酷いなあ! 私の話を遮るなんて」
「あなたの話は自己紹介からが長い」
「ああ、そうだったね。私と初めて会った時、私の自己紹介が終わる頃にはちょうど十杯目の紅茶が冷めた頃だったからね」
どんな例えだ。分かりにくいにも程がある。しかし、話しぶりから響子さんとこのハンプティダンプティは面識があるようだ。
「それで、卿。ご用件は?」
「用件? 私はただ挨拶をしたまでさ」
「……本当に、それだけですか?」
いつもの態度とは打って変わって強い殺気を出す響子さん。それはそう……まるで夜のときのように。
「ああ! なんという殺気!? ただ攻撃されて一方的にやられるのは嫌なので、私も必死に抵抗しますよ! でも夜の貴方には敵いません。ああ! しかし、貴方の六本の腕に組み伏せられ、四肢を割かれ、腹腸をにゅちょにゅちょとえぐり出し、ヒーヒーと必死に肺から酸素を噴き出す私を! 貴方のその慈愛の眼差しで、口を上げて張り付いた笑みで私を殺す! ああ! たまらない! それも素晴らしい!」
まるで劇団員のように大きく身振り手振りで話す男に俺はあっけに取ら、見ていることしかできなかった。
あまりに大声だったものだからか、何人かの参加者がこちらを不審そうに見ている。
「……まったく、卿は人が悪い。ここで私の力が揮えないことなんかご存知だろうに」
「響子さん、それはどういうーー」
「なにをなさっているのですか? おじ様?」
コツコツとブーツの音がなり、ウースター卿の背後に女性が現れる。帽子を被り、白いドレスに身を包んだ女性だった。見た目はかなり幼い。高校生と言われても違和感がない。顔はニコニコとしている。
そんな彼女がこちらに来ようとすると、前の席の椅子に足を引掛け転びそうになった。
「わあー」
間の抜けた悲鳴と共にこちらへ倒れるくる女性。咄嗟のことなので、俺は慌てて立ち上がり彼女を支えようとした。
なんとか支えることができた。彼女の頭が俺の腹に柔らかくあたる。これで大丈夫なはず。
バタン。だが何かが倒れる音がした。それは彼女の体だったのだ。だが俺の腕には彼女の頭が……。
「……は?」
確かに頭は俺の腕にあった。頭だけ。それから先は繋がっていない。それはまるで電球を外した懐中電灯のようだった。
「ひっ!?」
俺は思わず投げ飛ばそうとしたが、謎の理性が働き、ただ腰を抜かして座り込むだけだった。
「奏多くん、大丈夫?」
何故か響子さんはいつもの調子で聞いて来た。
「あ、アタマが!? あ、頭が取れて、外れて……」
「ああ、そうだね。確かに外れたね」
「きょ、響子さん! お、俺どうしたら!?」
「大丈夫。安心して。ただの手品だから」
その言葉で我に帰る。そういえば天才マジシャンが来ていたとかなんとか……。
「ほら、麻子くん。あまりお客様は怖がらせるじゃありませんよ」
ウースター卿が麻子と呼ばれた女性の体に話しかける。すると……。
「ごめんなさい。面白そうだとおもいまして! えへへ」
体から声が聞こえたと思うと、上半身を動かした。すると、首がなくなった襟の中に彼女の顔が覗いていた。
「あっ!?」
「ね、言ったでしょ?」
響子さんはさも当然とばかりに言った。それが少し腹立たしい。
「じゃあ、この頭は……手品!?」
「うん! もちろん偽物! でも、君いい人だね? 大抵の人は投げちゃうし」
「そ、そうなんだ……」
やけに明るい彼女に圧倒されながら、アタマを渡す。
「あ、自己紹介してなかった! 私は高田麻子! 自称天才マジシャン兼魔術師です! よろしく~」
そういうと高田さんは帽子を取り、ショーの挨拶のようにお辞儀をした。そして俺に手を差し出した。
「ぼ、僕は里月奏多です! よ、よろしくお願いします」
俺は高田さんに圧倒されながらも、握手をすると……。
「うわあ! 冷たい!?」
手が震えるほども冷たさだった。俺は慌てて手を離す。
「……麻子くん」
「えへへ。すいません! 奏多くんの反応が可愛くてですね……」
「も、もう! からかわないでください! また手品ーー」
「ごめん、今のは魔術」
驚く俺に可愛いくエヘッとウインクした。うぜぇけど、可愛いな。それ。
「こほん。そうだ麻子くん。奏多くんに色々案内するといいですね。奏多くんは初めてなので挨拶が必要ですし」
ウースター卿が咳払いをすると我に返ったように、少し気まずそうに笑う高田さん。
「あ、ごめんなさい! お話の途中だったんですね! では、私は奏多くんを引き連れていきますので!」
突然、腕を引っ張られ立たされる俺。
「え、ちょっと! 響子さん!」
響子さんに助けを求めるが、響子さんは手をぶらぶら振った。
「ちょうどいい機会だからいってきなさいよ。それに……卿は私にお話があるようなので」
俺はハンプティダンプティのようなウースター卿を見つめた。……正直不安だが、響子さんならまず負けるはずないだろう。俺はなすが儘、高田さんに引っ張られていった。
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