第5話 会長
「こちらが旦那様の書斎でございます。くれぐれも失礼のないようにお願いします」
と、俺を睨みつつお願いされた。さっそく問題児扱いをされながら案内を受ける。
さて、ドアの前に立ったものも、構図的に俺が開けるパターンだよな? どうしよう? こういう時、ノックは何回だっけ? 二回? 三回? それとも四回だったか? 俺は助け舟を探すが、横山さんは冷たい目で「早く開けろ」という顔をしている。一方、一番頼れる神坂さんはしきりに髪の毛をいじっている。そして我らが響子さんは……。いつも通りに寝ていた。まあ、元々期待はしてなかったが。
覚悟を決めて、職員室に入る時のようなノックをしようとしたとき、ガチャとドアノブが周り、扉が開いた。
そこには疲れ果てた中年男性が立っていた。
「おや、ちょうどよかった。あまりに遅いものだから迎えにいこうと思ってね。さあさあ、中へお入り」
その男性に迎え入れるように部屋へ入る。中はザ・書斎のように大量の本棚が敷き詰められおり、床にはレポートのようなものが散乱している。真ん中に主人の机のようなものが置かれ、その横には大きなテーブルの上に何個か椅子が並んでいる。
「すまないね、散らかっていて」
「ですから、お客様が来る前に掃除すると申したではありませんか」
「悪いよ、私が勝手に散らかしているだけだし。それに横山に整理されると綺麗すぎて作業ができないんだ」
主人である人物にずかずか言う横山さんも横山さんだが、それに対してのこの男性の態度はまるで長年使えてきたかのような親しみを感じた。
「まあ、立ち話もなんだから座りたまえよ。神坂くん、朱音くん、そして奏多くん」
座るように促す男性。どうやら神坂さんや響子さんとは面識があるようだ」
「それでは、お言葉に甘えてまして」
俺たちが椅子に座ると、すぐに響子さんはいびきをかき始めた。本当にフリーダムだな。俺は響子さんを揺するが起きなかったので、諦めることにした。
「そうだ。横山、お客様に紅茶を用意してくれないか?」
「抜かりなく」
椅子に座った俺たちの目の前に、どこから出したのかティーセットを出し、紅茶を注いでいる。
「そうだ、自己紹介を済ませてしまおう。私は黒崎道元。これでも日本魔導機関の会長をしている。よろしく頼むね奏多くん」
「は、はい」
俺は背筋を伸ばしてお辞儀をした。
しばらくたって、俺たちの目の前に紅茶が置かれる。
見ると溶けてしまいそうな淡いオレンジ色、脳天まで駆け巡る香り。とてもいつも出す市販のティーパックには敵わない。味は……当然だが美味しい。濃い味わいにどこか酸味を感じる上品な味わいだ。
「チャンドラーくんが持って来てくれたんだ。どうだね? 本場の貴族の味は?」
「凄く、美味しいです」
俺は緊張気味に答えた。
「あら? チャンドラーが来てますの?」
「ああ、イギリス外務官としてね。そういえば神坂くんは彼と仲がよかったのだったな」
「ええ、仕事上ですけど」
「あとで挨拶をしてくるといい。チャンドラーくんなら多分ベランダにいるだろう」
「ええ、そうさせていただきますわ。そういえばスペシャルゲストが来ていると聞いたのですが本当でございますの?」
「……高田くんがパフォーマンスをしてくれる」
すると、神坂さんは急に立ち上がった。
「おいおい! マジかよ!? あの高田麻子が!?」
あまりに驚いて、素が出てしまっている。
「そんなに凄い人なんですか?」
「あったりめーよ! 表では天才マジシャン、裏では三大魔術の使い手! 若干十八歳で驚異の冠位六位の成績を持つ、正真正銘の天才よ!」
六冠となると第六位の魔術師か。うちの響子さんが十二位。だから六位も差がついていることになる。だが響子さんはそれについて、『実技試験は朝にしかやらないから不公平』とか言ってたな。まあ、響子さんの戦闘技能は僕も凄いと思っている。でも、それでも俺と二歳歳差でそのレベルは凄いと思った。
その後、落ち着いた神坂さんと黒崎さんの二人が雑談をしている話にたまに混ざる以外は、俺は紅茶をすすり、響子さんは船を漕いでいた。
「そいえば奏多くんはどうして響子くんの弟子になろうとしたんだい?」
急に話を振られたので驚いたが、至って普通に対応した。
「そうですね……。かっこよかったからじゃないですか?」
「え、響子ちゃんが? どこがですの?」
「まあいつもだらしないし、めんどくさがりだし大変ですよ。……でも、僕の命の恩人で、ヒーローですから」
最初の出会いこそ最低だったが、それでも俺にとって響子さんはヒーローなのだ。ただ、もう少し自分でやれるようになってほしい。うん。
「ヒーロー、か……」
「そういえば、黒崎さんと神坂さんの関係は何なのでしょうか?」
「ああ、それは。私が上司で彼女が部下、だよ」
「ああ、なるほど」
そういえば神坂さんは魔術協会だったな。
「じゃあ、響子さんは?」
「ああ、響子くんはねーー」
チリリリン! 蹴弾しくベルの音が鳴り響く。
「おっと失礼」
そういうと黒崎さんは受話器をとった。
しばらくなにやら話したあと、黒崎さんは申し訳ないといった顔をした。
「すまんが、急に仕事ができてね。ティータイムは終わりのようだ」
「あら? 残念ですわ」
「また、ディナーに会おう。午後7時なったら大広間だ。あ、そうだ。横山」
「はっ」
隅っこでモノ言わず待機していた横山さんが前に出てくる。
「三人に今日泊まる部屋の案内を」
「承知しました」
俺は寝ている響子さんを引きずり部屋を出て行った。
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