鏡の国の殺人
第1話 招待状
「ただいま……て、うわあ!」
師走も過ぎた睦月。正月は過ぎ、世間はすっかり仕事モードな中、俺は実家から事務所へ帰宅し……怖ろしいものを目撃した。
「きょ、響子さん……」
ソファーにはいつも通り響子さんが寝転んで、指から出した炎で煙草をあぶっている。
白い肌、整った顔立ち、眠たそうな瞼、長く美しいが寝ぐせがついている髪の毛。至っていつも通りの響子さんだ。
対する俺は玄関前の鏡で、はっきりとわかるぐらいの間抜け顔をしていた。
「あ、奏多くんお帰り~。御両親は元気だった~」
「そ、そんなことより、どうしたんですか!? 響子さん!?」
「え、なにが?」
響子さんは俺が何に驚いているか理解していないようで、首をちょこんと傾げている。
「へ、部屋ですよ! 部屋! どうしてこんなに……綺麗なんですか!?」
そう。我らが事務所である『響子探偵事務』は主に所長のせいでゴミ屋敷と化しているのだ。なので俺が毎日のように掃除しているのだが……。
今は床には塵一つなく、ソファーの前のテーブルには手紙と灰皿ぐらいしかない。
「実家に帰っている間、どんなに部屋が荒れているかと心配で、心配で……。代わりに実家を毎日大掃除していた僕の気持ちを考えてください!」
「え、なんで私、奏多くんに怒られているの……」
それに備えて、わざわざ大量の掃除道具を買い揃えたというのに……!
「で、どうしたんです? 実は響子さんじゃない偽者とか、入れ替わってる!? とかいうやつですか!?」
「奏多くんて、私の扱い何気に酷いよね!? 私をなんだと思っているの!?」
「二十五歳独身ダメダメ煙草女」
「……後半は認めるわ。だけど、今の時代二十五歳独身は珍しくない、きっと、たぶん……。それに私、魔術師だからそんなの関係ないわ。うん。ええ」
自覚はあったのが救いだ。しかし、我ながら少し言い過ぎたと反省した。
「……それで、どうして部屋が綺麗なんですか?」
「ああ、それなら弓削がやってくれたわ」
神坂弓削さん。響子さんの監視役でお嬢様口調の人だ。
「……ああ、なるほど。あ、響子さん、お土産食べます?」
「食べる!」
よし、上手く流せた。響子さんの扱いの安さに感謝する。
俺は響子さんに、せんべいを渡すと、テーブルの上にあった手紙に目がいく。
「響子さん、お手紙ですか?」
「ええ、ちょうどよかったわ。奏多くん宛だから」
「? 僕宛?」
響子さんに手渡され、宛先を見ると響子さんの名前と俺の名前が書かれていた。
送り先は……。
「に、日本魔導機関!?」
思わず声をあげてしまった。『日本魔導機関』。多くの魔術師が所属する協会の日本支部。そんなところからいったい……。
「ま、まさか連行されるとか……?」
心当たりが多すぎる。主に響子さんで。
「? なにいってるの。早く手紙、読みなさい」
俺は恐る恐る封筒を破り、手紙を読み上げる。
「えーと、本日は……魔導機関へようこそ? 鏡蘭館? なんですか、これ?」
封筒の中から他にチケットのようなものが二枚入っていた。
「えっとね、奏多くん私の弟子になったでしょ?」
「ええ、まあ」
弟子になったのが去年の四月だったので、かれこれ九か月経つ。
「魔術師が弟子を取ったら、必ず顔見せするのが魔導機関の伝統なの……面倒くさいけど」
「はあ、そうなんですか。……え、じゃあ僕……」
「そう。奏多くんは魔術師の宴に招待されたということ」
それを聞いて、サーと血の気が引いた。いや、むしろ好奇心半分、恐怖半分のような感じだろうか。
確かに魔術師と会える機会は限られるし、ハリー〇ッターみたいな世界を一度でも体験したいとずっと思っていたが、魔術師はド変態である。ただでさえ響子さんで苦労しているのに、これを超える変人と出会うのは勘弁願いたい。
あとは、魔術師の弟子とはいえ俺が使える魔術は一つしかない。そんな俺が行っていい場所なのだろうか?
「どうしたの? そんな難しい顔して。行きたくなかったら断っとくわよ。むしろ推奨」
「……それ、あんたが行きたくないだけだろ」
フーと白い煙を出す響子さんを見て、一つ疑問が湧いた。
「あれ? 響子さん、なんだか乗る気ですね?」
「そ、そう?」
「ええ。いつもなら『やーだ! 絶対行かない!』とか言って、ごねるじゃないですか」
「まあ、そうね」
「それが今日はどうしたんですか? 今のって、俺が行くといったら行く感じですよね?」
「……」
しばしの沈黙。時計の音が聞こえるぐらいの間。響子さんは、白い息を天井に吹きかける。
「魔導機関の会長には恩があるの。だから無視するわけにはいかない。……あとは、奏多くんを弟子として紹介したいというか、自慢したいというか……変、かな?」
「……」
途中で、そっぽ向いた響子さんはソファーで体をもじもじしている。俺もなんだか恥ずかしくなって、下を向く。
なんだよそれ。反則だろ。
「……響子さん、僕行きます」
「……そ、そう。じゃあ準備して」
「準備? 今ですか?」
「ええ」
手紙を確認すると、今日の日付が書いてあった。これは急がないと。俺は階段を慌ただしく上った。
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