第9話 不穏
ピンポーンと着けてもいなはずのブザーが鳴り響く。
「ふむ。奴か」
老人はそれで誰が来たのかを察した。老人が座る部屋は家具が全て黒で統一されている。円形のテーブルを囲むように置かれた四席。その一つに和服を着た老人は、鞘の上に手を空で座っている。
しばらくすると如何にも胡散臭い男が来る。
おもちゃの髭がついている丸眼鏡に、ナイトキャップを被った男だ。
「お待たせいたしました! 犯罪コンサルティング『モリアーティ』のピエールです! 賢者の石をお届けに参りました」
そう言うと、ピエールはピザの容器を老人へ渡した。
老人はすぐに容器をあける。中には美味しそうに湯気をあげるマルゲリータピザがあり、その中央に赤く光る石が置いてあった。
「ごくろう」
そう言うと、老人は机にピザの容器を置き、赤い石を見る。ピエールはその隙に老人が座る椅子の近くに座り、マルゲリータを一枚取り、さも美味しそうに食べる。
「その丸いパンはどうした? 買ってきたのかえ?」
「爺さん、知らないんですかい? これ、ピザていうんですよー」
ちっちちー! と愉快そうに指をふるピエール。
「ほぉ? そういえば伊太利亜に行った部下がそんな話をしていたような……」
老人は赤い石を上の照明に照らしながらそう言った。
「ちなみにこれは私の部下に作らせました。なかなか上手なんですよ、彼。本業はピザ屋でして」
「この前送ってきた男か?」
「いえいえ。別人です。それに彼は……『彼女』の物になってしまったじゃありませんか?」
「そういえば、そうじゃったなあ……」
話が一区切りすると、ピエールは二つの空席を見た。
「そういえば、今日彼女は?」
「研究じゃと」
「彼は?」
「研究」
「ハハハ! 相変わらず仕事熱心で!」
「……」
老人はピエールを無言で見た。
「ところで報酬の件なのですが……」
ピエールは慣れた手つきでスマホの計算機を操作する。そしてそれを老人へと見せた。
「こんなもので?」
「……高い」
「へ?」
「高すぎる」
老人は赤い石をピエールに向けて投げるが、ヒョイと避ける。
壁にあたった石は粉々に砕けてしまった。
「あーあ。なにしてんですか」
「……お主、これが偽物だとわかってわざと出したな?」
するとわざとらしくピエールは口笛を吹いた。
「いやー、失敗してしまって! お恥ずかしい! しかし、敗北から得られた経験は計り知れない!」
「しかし、わざわざお主が出向く必要はあったのかのう?」
「なあに、敵を知らずばなんとやらですよ。これからもお世話になり相手ですのでこうして出て来たのですよ。……それではごきげんよう! またのご利用お待ちしております」
そういって、ピエールは頭を下げると帰って行った。
老人は一枚の写真を取り出し、それを凝視する。
「……朱音響子か。儂らの計画の邪魔になるかもしれん」
それは黒髪の眼鏡をかけた女性の写真だった……。
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