第7話 道化師

「探しましたよ!!」

 突然、大きな声が洞窟に響いた。

 声の主はやはり竹内だった。

「いやー驚きましたよ! まさかこんな場所にいるなんて!」

 竹内の間抜け声を聞いて、現実に戻った。いくら閉じ込められたとはいえ、人の宝物庫に勝手に入ったのだ。これは謝罪どころではない。一気に心の重心が下がった。

「え、えっとですね……。絵を探していたら……こんな場所に……」

 駄目だ。言い訳が思いつかねえ!

「ええ! ええ! ご安心を。ちゃーんと理解しておりますから!」

「そ、そうですか……」

 どうやら怒ってはないようだ。俺は安心してふぅと一息つく。

「さあ、さ! ここは危ないですから戻りましょう」

「そ、そうですね!」

 俺たちは竹内の後を追った。ドラゴンを倒したからか、扉のロックは解除されていた。

 梯子を上り部屋へ戻ると、竹内が嬉しそうに振り返った。

「それでは石を返してもらえますか? 無事、十文字様にお返ししますので」

「へ?」

「何をとぼけているのですか。貴方たちは宝物庫から出るために、仕方なく防壁を突破したのでしょ? それならば石はいらないはずです。返してください。それとも、貴方も石を狙っていたのでしょうか?」 

 そう言って手を差し向ける十文字。顔は不気味なくらい穏やかだ。

 俺が渡すか、渡さないか悩んでいると響子さんが手で制した。

「これは私たちが直々に十文字さんへお返しします。十文字さんに会わせてください」

「いえ。お手数ですので執事である私が——」

「……失礼ですが、貴方は本当に十文字家の執事ですか?」

 そう言われた竹内は笑顔が一瞬だけ固まった。

「何をおっしゃっているのですか! 私こそ十文字家専属執事の竹内ですよ」

「では、これはなんでしょう?」

 響子さんは何もない壁を掴み、それを地面に叩き付けた。

 すると、バン! という衝撃音がし、叩き付けられた床の空間が歪んだ。

「響子さん! これって……」

「ええ。これは——盗まれた絵よ。魔術で見えなくされていたのよ」

 それを聞いて、一連の竹内の行動に合点がいく。竹内はこれに気づかれないようにしていたのだ。

「それと、空き巣は貴方が用意したのではないでしょうか? あたかも外部犯と見せかけために」

「確かに。話によると空き巣は男に金で雇われたと言っていますから自然に考えればそうですが、でもどうしてそんな回りくどいことをしたんですか?」

 竹内が怪しいのはわかる。だが、その一連の行動の意味が理解できない。

 絵を隠し、それを事件と見せかける。そしてそれを響子さんに依頼して……。

 まさか!?

「響子さんに依頼するのが目的、だった……?」

「そう。その通りよ。私に依頼をして、調査の一環とか言って、部屋を探させ、宝物庫を見つけさせる……そんな感じかしら?」

 先ほどから何も言わない竹内を気にかけ、ちらりと見た。

 相変わらず竹内は笑顔のまま固まり、何も話さない。それが何だかとても不気味だった。

「そして、私に宝物庫の防壁と戦わせ、手に入れた賢者の石をかすめ取る……そういう計画だった。どうでしょうか竹内さん?」

 そう言って竹内を睨みつける。しかし、竹内はただ薄ら笑いを浮かべていた。

「ど、どうなんですか!? 竹内さん!?」

 俺は不気味な雰囲気を感じて、そう語調を強めて聞くと、竹内は口に手をあてて大笑いを始めた。

「あはははは! あはははは! いやー上手くいきませんねぇ。やはり慣れないことはするもんじゃないなー」

「……お前は誰だ? 遮子の使いか?」

「使い? 私はただの派遣会社ですよ!」

「派遣会社?」

「そうそう。分かりやすくいうと犯罪コンサルティング! それん☆」

 すると、竹内は袖から何やら玉のようなものを取り出した。

 次の瞬間——視界が真っ白になった。

 そして、腕に持っていた石が強引に奪われる。取り返そうにも何も見えず、俺はどうすることもできなかった。

 視界が戻るころには竹内は目の前からいなくなっていた。

「クソ! ……すいません響子さん、賢者の石、取られてしまいました」

「いや、私の責任だ。完全に油断していたわ……。でも大丈夫よ。あれは偽物だから」

「偽物? あれが偽物てどういうことですか!?」

「それは……この館の主に聞きましょう?」

 響子さんはそう言うと、部屋を出ていく。俺はそれを慌てて追う。

 彼女が向かった先は書斎だ。そこには十文字の主がいたはずだが……。

 バン! と扉を乱暴に開けると、響子さんはずかずかと部屋に入る。

 相変わらず白髪の老人はこちらに背中を向けている。

「大丈夫ですか? 十文字さん」

 そう響子さんが聞き、十文字を揺らすが反応がない。

 俺も響子さんの横に並び、十文字を見る。

 白髪の老人は目を閉じており、とても生気は感じない。

 一体どうしたものか? 救急車でも呼ぶべきだろうか? そんなことを思っていると、小さく何かを殴る音が聞こえた。

 その音は本棚の後ろから聞こえてくるようで……。

「響子さん! 本棚をどかすので手伝ってください!」

「え? う、うん!」

 俺たちは音がする本棚を二人で協力してどかす。

 すると後ろに扉が隠されていた。

 それを開けると、中から老人が倒れるように出てきた。

「ほぉー! た、助かったわぁ!」

 その見た目は、まさに椅子に座っている十文字と瓜二つだった。

「貴方が十文字さんですか?」

 そう響子さんが聞くと老人は急に立ち上がり、歌舞伎のようなポーズをとる。

「何を申すかところてん! 儂こそが、不死身の十文字二代目! 十文字~長介で、ござーる!」

「……」

 とても老人と思えない機敏な動きを見せている!

「それで、どうして十文字さんはこんなところで……」

「おお! それはのう。変な奴に閉じ込められたのじゃよ」

 随分軽々と言う人だな、この人。

「儂がお外で楽しくダンシングしてたら、いきなり奴が来ての、『いつまでも若々しくいられるスーパー茶を、今なら無料でどうですか?』何て言われるから、『まあ、無料なら……』と思い飲んでみると、瞼がクローズ! そのまま夢の中じゃったから、そのままダンシングしていたのじゃ」

 聞いてもいない所までベラベラとハイテンションに話てくれた……。

「それで今まで目が覚めなかったと……」

「そうじゃ。あれはただの睡眠薬ではないのう。余程腕のいい魔術師が作った物だと思われる! まあ、儂のダンスのキレに比べたらまだまだじゃがな! ワハハハ!」

 この謎テンションにはついていけないが、まあ、賢者の石は盗まれたが特に大事に至らなくてよかったと思う。

 あ、そういえば……。

「響子さん、賢者の石が偽物というのは結局何だったのですか?」

「お、賢者の石が偽物だってよくわかったなあ」

「え!? 本当に偽物何ですか!?」

「そうじゃ。先代がのう……『これは危険なものだ』といって破壊してしまったんじゃよ。それが原因で先代は不死身ではなくなり、儂が家を継いだのじゃが……何せ十文字家は賢者の石のおかげで栄えていたものじゃからなあ。仕方なく、偽物を作ったわけじゃよ!」

 ワハハハ! と豪快に笑う十文字の独特な雰囲気に押されながら、俺は質問する。

「じゃあ、何であんなドラゴンなんか用意したんですか?」

「ああ! あれはな、偽物てバレたら面倒やろう? だから厳重にしてたんじゃ。……例え殺してでもなぁ」

 ぞわりと背中から悪寒が駆け巡った。

「しかし、よかったのですか? そんな話をして。もしかして……」

 死人に口なしというこよだろうか? 俺は身構えが、十文字はかーかっか! と笑った。

「もうええんじゃ。結局はいつかバレる。これでよかったんじゃ……」

 そう言って十文字は、窓から荒れ果てた庭を見た……。

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