第6話 ドラゴン

「い、いったい何が!?」

 混乱する俺に響子さんは扉の横を指さす。ちょうど俺の頭があった部分に、発射口のようなものがあり、そこから煙が出ていた。

「わ、罠ですか?」

「……そうみたいね。奏多くん、下がってて」

 響子さんは低姿勢位で、慎重にドアを開ける。ドアは重い音を出しながらゆっくりと開く。

 扉の先は、かなり広い空間だった。まるで映画で見るような遺跡にある宝物庫のような場所だった。真ん中には石階段がピラミッドのように積み上がっており、その頂上に怪しく光る赤い石が置いてあった。

「響子さん! あれって……」

「賢者の石、ね」

 ということは、十文字家の宝物庫に入ってしまったようだ。

「まずいですよ! 響子さん! 引き返しましょうよ!」

「無理ね」

「どうして!?」

「魔術で結界が張られている。どうにかして結果を解かないと外には出れないわ」

「そんな……」

 さっきの扉の罠から考えると、どう考えても殺意しか感じない。そんな場所に閉じ込められるなんて……。いや、でも俺には響子さんがついている。大丈夫だ。俺はそう言い聞かせて何とか平穏を保った。

「どう考えても、あの石が鍵ね。……奏多くん、慎重にね」

「は、はい」

 俺たちはゆっくり、ゆっくりと石橋を叩いて渡るように一歩ずつ踏みしめて歩く。だが、足元から針が出たり、毒ガスが出たり、巨大ハンマーに押しつぶされたりなどは起こらなかった。

 もしかしたらない罠を警戒しているのではないか? そんな疑念を持ち始めた頃にはとうとうピラミッドの前に着いた。

「罠、ないですね」

「……そうね」

 そう言って響子さんが一歩、階段を上ると……。

 グラグラグラ! 突然、地面が揺れた。

 地面は激しくグワングワン揺れ、天井から石の破片が何個か落ちて来る。

「じ、地震!?」

「わからないわ! とにかく 扉まで逃げるわよ!」

 俺たちはとにかく走って扉へ向かう。幸い走れるぐらいに揺れは大きくなかった。しかし、天井が崩れれば命の保証はない。

 何とか扉にたどり着き、中に避難しようとするが、急に扉が閉まり、中へ逃げ込むことができなくなった。

「くそ! 開け! 開け!」

 俺は扉を乱暴に開けようとするがビクともしない。

 すると、地響きが急に止む。助かったと思い、後ろを振り向くとそこには……信じられないものがあった。

 いや、俺はコイツを知っている。いや、俺だけじゃない。ゲームや漫画、アニメを見ている人ならば絶対知っている。それぐらい有名だ。

 ぐぎゃああああと『それ』は雄たけびをあげる。

 まるでそれは地獄からの叫び声のようだった。

「こ、これは!?」

 驚く俺に対して響子さんは忌々しく『それ』の名前を呼んだ。

「ドラゴン……!」

 白く大きな翼、ゴツゴツした白く大きな体、棘がひしめき合う白い尻尾、そして鋭い無数の牙を携え、大きな二本の角を生やした白い顔。

 それは間違いなく、白いドラゴンだった。

 一体今までどこに隠れていたのか? よくよく観察するとピラミッドが跡形もなくなっている。恐らくピラミッドの中にいたのだろう。

 賢者の石は……あった、まるで王冠のようにドラゴンの頭に堂々と乗っかっていた。

 白龍がギラギラとした黄色い目をギョロッとこちらに向いた。

 その瞬間、背中からぞわぞわぁと気持ちの悪い感覚が走る。

 これはマズイ。明らかにマズイ!

 出口は塞がれた。

 絶体絶命だ!

 ドスン! ドスン!

 地響きが迫って来る。

 近づけは近づくほど、聞いたことのない息遣いが聞こえてくる。

 地獄の声が聞こえてくる。

 逃げなくては。そう思っても体が動かない。

 もうダメだ!

 俺が目をつぶる。

 だが、次に聞こえて来たのは咀嚼音ではなかった。

 カチンという小さな金属音だった。

「全く……めんどくさい」

 次の瞬間、物凄い風が俺の横から通り過ぎていった。

 ゴゴゴゴゴゴ! と地響きが鳴る。

 目を開けると、遠くの方でドラゴンが炎に包まれていた。

「きょ、響子さん!? 一体何を……」

「なにって? 吹き飛ばしたのよ、白龍を」

 そう言うと、胸元のポケットから煙草を取り出し吸い始めた。

「しかし……相性が悪いなぁ」

 響子さんがそう呟いた瞬間、ドラゴンを覆っていた炎が消えた。

 ドラゴンは……当然、無傷だ。

 響子さんは炎属性の攻撃が得意だ。だが、ドラゴンのその強靭な鱗では太刀打ちできない。

 ドラゴンはこちらに向かって大きく口を開く。

 ……ドラゴンが口を開くとしたらあれしかない。

 ボワアア! 辺りがオレンジ色に染まる。

 ドラゴンの口元から放たれた炎は俺たちがいた場所めがけて飛んでくる。

 だが——

「甘い!」

 響子さんが煙草を頭上に放り投げる。

 すると、みるみるうちにオレンジ色の障壁が出来上がる。

 それにドラゴンのブレスが直撃するが、オレンジ色の障壁はそれを吸収するかのようにビクともしなかった。

 ドラゴンの炎が消えると同時に障壁も消えていった……。

「相性が悪いのはお互い様か。……これは長期戦になりそうね」

 響子さんは箱から煙草を全部取り出すと、ライターで全部に火を付けた。

 そしてそれらを空中に放り投げると、呪文を呟いた。

『全能、解放!』

 眩い光が洞窟を照らす。

 そして激しい風が走り抜けると——途端に辺りを覆っていた空気が違う雰囲気に変わる。

 先ほどまであった薄暗い洞窟の冷たくて、土の匂いがする空気が一瞬で響子さんの匂いで溢れる。

 いや、これは『響子さんの匂い』というよりは、何かの花の香りだろうか。

 ほぼ無臭に近い、到底香りとはいえない匂い。

 その奥に少しの甘さと、目が覚めるような清涼感。

 そんな雰囲気が場を支配した。

 それを現すかのように響子さんの背中に、赤い四本の腕が現れる。

 『六本腕』。

 響子さんの主要武器の一つ。

 その腕は、剣、槍、斧、弓など変幻自在。

 あらゆる攻撃手段で、圧倒的に敵を葬る死神の腕。

 それが今、解き放たれたのだ。

 ドラゴンはそれを見ても、驚くような素振りは見せず、黄色い眼球でそれを睨み付ける。

 そんなドラゴンを響子さんもまた鋭く睨みつけるのだった。

 静寂。

 侍同士の居合のような緊張感に溢れていた。

 先に動いたのは——ドラゴンだった。

 突如、その巨体を軽々と動かし、響子さんに突っ込んでいく。

 ドラゴンは今まさに響子さんを食らおうと大きな口を開ける。

 だが、響子さんの行動も早かった。

 シュン! とその攻撃を交わすと、腕を剣に変形させ、斬りかかる。

 しかし、その攻撃は当たらない。

 ニュルと蛇のように体をうねらせ、その攻撃を華麗に避ける。

 そして、隙だらけの響子さんめがけ突進する。

「ぐっ……!」

 その攻撃を響子さんは全ての腕を使い、防ぐ。

 だが衝撃に耐えらず、壁際に追いやられる。

 響子さんは態勢を整えようとするが、すぐにドラゴンの追撃がくる。

 この一撃を例え耐えられたとしても、壁への激突は免れない。

 まずい! 俺がそう焦っていると突然、ドラゴンの真上から水滴が落ちてきた。

 ぐぎゃああああ!

 ドラゴンは雄たけびをあげると、怯み、攻撃を中止した。

 響子さんは不思議そうな顔をして、態勢を整えた。

 今の感じ、もしかしてこのドラゴンは水に弱いのか?

 そして、今の水滴、もしかして……。

「響子さん! ドラゴンの真上を攻撃してください!」

 俺がそう言うと、響子さんは頷き、腕を弓矢に変幻させ、矢を放つ。

 放たれた矢はドラゴンの頭上に到達すると、大爆発を起こした。

 すると……。

 ダー! と大量の水が流れ落ちてきた。

 やっぱり。この上はあの井戸に繋がっていたんだ!

 ドラゴンは水を浴びると、苦痛のような咆哮をあげる。

 そして、みるみるうちに体が溶けていく。

「今だ!」

 響子さんは腕を巨大ハンマーに変化させると、ドラゴンを真上から叩いた。

 ドラゴンはまるで貯金箱のように粉々に砕け——そのまま絶命した。

「やりましたね! 響子さん!」

 俺は響子さんの元に駆け寄った。既に『六本腕』はなくなっていた。

「ええ。奏多くん、これ見て」

 足元を見ると、そこには当然、ドラゴンの死骸があるはずだが……。そんなものは見当たらず、ピラミッドの残骸があるのみだった。

「これがどうしたんですか? ……まさか、ピラミッドがドラゴンだったとか?」

「その通りよ。あれはゴーレムだったみたい。……おかしいと思ったのよね。ここまで水に弱いドラゴンなんて初めてだったから」

「……響子さん、もしかしてドラゴンと戦ったことあるんですか?」

「まあ、一回だけ、ね」

 戦ったことあるんだ……。もしかしてドラゴンて珍しくない?

「そういえば……。はい」

 響子さんが何かを投げたので、俺は慌ててキャッチする。それは赤い石だった。

「これって——」

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