盗品の行方

第1話 不死身の十文字

寒さ深まる十一月。俺はえっさほいさとスーパーの袋を持って事務所へ向かっていた。

 平日ということもあり、道で出会うのは杖をついたおばあちゃんや、子供連れのお母さんなどがメインだった。

 公園の横を通り、住宅街へ入る。電柱には『空き巣に注意!!』とか、『このこを探しています』という猫の捜索ポスターなどが貼ってあった。

 これを見ると、世間は物騒になったと落胆する自分と、仕事が増えて嬉しいと思う自分がいて複雑な気持ちになる。

 そんなことを考えていると事務所についた。

「ただ今戻りました!」

すると、ソファーから眠そうに目をこする響子さんが見えた。

「おかえり……ふぁー」 

 響子さんはあくびをしながら呟いた。

「響子さん! もう昼なんですからしっかりしてください!」

「大丈夫、大丈夫ー」

「大丈夫じゃありません! もしもそんな状況でお客さんが来たらどうするのですか?」

「大丈夫、大丈夫! メールも手紙もなかったし」

 そういってゴロンと横になる響子さん。テーブルにはスーパーのチラシなどが雑に置いてある。それを見て俺はまたかとため息をついた。我が事務所では紛失予防に、郵便された手紙やチラシは手紙コーナーという指定されたところに置くと決められたている。というか、俺が決めた。だけど、響子さんはちっとも守ってくれない。これで五度目だ。

「ダメですよ響子さん。チラシなんかはちゃんと手紙コーナーに……」

 そう言ってチラシをまとめると、何やら小さい四角形のものがひらりと落ちた。俺が慌ててそれを拾うと『響子探偵事務所 朱音響子様へ』と書かれた手紙の封筒のようだった。

「響子さん、これって……」

 カランカラン! と喧しく鐘がなる。するとそこに長身の男が立っていた。

 男は黒い帽子を浅く被り、黒縁の眼鏡、狐のように掴みどころがない顔。少し生えた髭、そしてトレンチコートを着た男だった、

「やあ。急に押しかけて悪いね。居ても立っても居られなくてね」

 そう、ニコリと笑うと帽子を外し、トレンチコートを脱ぐ。そしてそれらを椅子にかけると「よっいしょっと」と言って、腰をかけた。

「すいませんねえ。腰がだめでしてねえ~」

 男は腰をポンポンと叩いてみせる。

 俺たちはその男のあっけに取られていた。すると、響子さんは急いで背筋を伸ばして座ると、

「……奏多くん。紅茶」

俺に指示を出した。

「は、はい!」

 俺は、慌ただしく紅茶のセットを始めた。

「貴方は……えっと……」

「ああ、すみません。名乗り忘れていましたね」

「え、ええ。……お気になさらず……」

「私は十文字家三代目代目当主、十文字元安のお世話をさせて頂いてます。竹内と申します。どうぞよろしく」

 そう言って片手を響子さんに差し出した。響子さんはそれを少し見つめると握手をした。

「朱音響子です。十文字家というとあの『不死身の十文字』……」

「ええそうです」

 竹内はさも当然のように答えた。

(あの……響子さん。何ですか? その……『不死身の十文字』て)

 俺が響子さんの耳元でそう聞くと、響子さんは小さな声で囁いた。

(そうね……。まあ、要するに『賢者の石』を所有しているということよ)

 賢者の石。かの有名な『〇リーポッター』や、『〇の錬金術師』で出てくるキーアイテムだ。確かそれの効果に、人を不死身にするというものがあった気がするが……。

(そう。十文字家はそれを使って不死身になったと言われているわ。先代の十文字義満は三百歳まで生きたとか。それで着いた名が……)

 『不死身の十文字』ということか。つまり、この男の主は凄い魔術師ということになるのだろう。

「それで依頼の件ですが……手紙にも書いたように、絵の捜査をお願いしたいのです……」

「え、ええ。はい。存じております」

 響子さんはたどたどしく返事をする。すると響子さんは俺の方を見て、手招きする。俺が近くにくると、

(奏多くん! 手紙、早く手紙を読んで内容を教えて!)

 と囁いた。俺は竹内さんにバレないようにこっそりと手紙を読んだ。そしてその内容を響子さんに耳打ちした。

(……)

(はーん、なるほどね。ありがと)

「……どうかされましたか?」

 流石に怪しすぎたのか、竹内さんに心配されてしまった。

「い、いえ。なんでも。確か、空き巣の被害に遭われたと?」

「はい。私らが屋敷を留守にしている間に……。賊は窓を割って入ったようで。まったく、嘆かわしい。普通なら警察に届けるべきでしょうが、魔術師いえそれができず」

「それでここを訪れた、というわけですね? しかし、かの有名な『不死身の十文字』ならばそんな空き巣、いとも簡単に見つけられのでは?」

 すると竹内はアハハ……と乾いた笑みを浮かべた。

「それができればいいのですが……。先代が亡くなってから十文字は落ちぶれてしまいまして……。経費削減のため、防衛用の魔法陣すら節約している有様で……」

「それで、盗まれた、と」

 響子さんは前屈みになり、顎に手を置いた。

「ええ。お恥ずかしい限りですが……」

 そういうと十文字は窓を眺めた。

「ところで、盗まれた絵はどんなものでしたか?」

「そうですねえ。あれは十文字家の創設者、十文字勝元がフランスに訪れた時にまだ無名だったゴッホに描いてもらった幻の絵画でして。おそらく売れば七十億はいくでしょう」

「な、七十億……」

 あまりの金額につい声が漏れる。そんな大金が絡んでいるなんて思いもしなかった。

「それで、それを取り返して欲しい、と?」

「ええ。お話が早くて助かります」

 そういうと竹内さんは人当たりのいい笑顔を浮かべた。

「響子さん。依頼受けますか?」

 俺が響子さんに聞く。

「そうねえ……。報酬はいくらでしょうか?」

「そうですね……」

 すると十文字は、スマホを取り出し何やら計算をしたあと、俺たちに画面を見せた。

「こんなものでいかがでしょう?」

「えっーと。イチ、ジュウ、ヒャク……ゴ、五百万……」

 絵画と比べると低く感じるが、普通に考えて大金だ。

「受けてもらえますか?」

 そう尋ねる十文字に、俺たちはただ首を縦に振った。


 俺たちはその後、竹内さんに調査のために家に伺うという話をし、了承を得た。

「こちらが住所になりますのでご確認を。お待ちしております」

 そう言うと、竹内さんはメモを俺に渡した。それを両方の手で受け取る。

「はい。わかりました」

「門のチャイムを鳴らして頂ければご案内いたします。……それでは、ごきげんよう」

 そう言って、帽子を持ってお辞儀をすると竹内さんは出ていった。

「響子さん! やりましたね! 久しぶりの大金ですね」

「……そうね」

 竹内さんが帰ったあとの俺は少しおかしかった。

 喜びのあまり、テンションあげあげで紅茶を注ぐ。それに対して響子さんは上の空だ。

「どうかしたんですか?」

「いや、大した事ないんだけど、ちょっとねえ……」

 珍しく響子さんは、考え事をしているようだった。

「それで、この後どうするんですか?」

「これに住所が書いてあるから、ここを訪ねてちょうだい」

 響子さんはソファーに寝そべりながら紙を渡した。そこには見覚えのない住所が書いてあった。

 鬼立区であるのは間違いないのだが……。俺はスマホで住所を検索す。これは東鬼立区でも端の山岳エリアだ。

「……響子さん。これ、かなり大変な場所にありますよ」

「知ってる」

「……響子さんは来ないんですか?」

 響子さんは机に置いてあった紅茶の残りを飲み干すとこういった。

「だって、めんどくさいじゃない?」

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