第8話 全能解放

 叫んで、泣いて、涙が出て、疲れ果てたときに、もう一度、響子さんの顔を見た。

 目は、眼鏡が真っ赤に染まりよく見えない。

 顔全体もぐったりとして、とても生きているとは思えなかった。

 だが、表情はなぜか笑っているように感じ――。

 ピロピロピロ。

 突然、場違いなアラームが鳴る。

 俺はその発信源を見る。

 それは響子さんの時計からだった……。

 がっし!

 突然、響子さんの右手が動き、田中を掴む。

「な、なんだよ。驚かせんなよ。まだ生きてるのか……」

 田中は一瞬驚いたようだが、冷静に振舞う。

 すると、響子さんは左を田中に腕時計を見せるようにした。

 ニッタと笑う響子さんはとても子供で、幼稚な感じでこう尋ねた。

「What time is it now?」

「は?」

「What time is it now?」

 響子さんはまるで小学生の英会話のようなノリで、ニタニタ笑いながら、腕時計を田中に見せる。

「はっ!? え、えっと十八時三十分……」

 さすがに怖気づいたのか、素直に答える田中。

「ビンゴー! 『全能解放』!」

 瞬間、何が起こったかわからなかった。

 地面が揺れ、煙が舞う。

 ガギギ。ゴギギ。何か硬いものを砕く音が聞こえる。

 唯一わかることは、田中が六本の黒い腕に突き刺されたことだった。

「がっ!? があああああああああああぁ!?」

 突如、現れた六本の黒い腕に困惑と痛みが混じった叫びをあげる田中。

 田中の槍がが爆発し、辺りに水が飛び散る。 その衝撃で、田中は何とか腕から逃れる。

 一方、立ち上がった響子さんは異様だった。

 ゾンビのようにフラフラ歩きながら、周りに六本の黒い腕を従えている。

 さらに、響子さんや田中についた血が全部、響子さんの胸元に集まり、傷を治していく。

 終いには、刃物で胸元が破れたワイシャツだけが残った。

「な、なんだよ! お前! なんなんだよ!?」

 すると、ニッタと笑みを浮かべ、『灰色の怪物』と呼ばれたその化け物は言った。

「朱音響子。冠位十二位『小智』。夜しか強くない劣等魔術師よ」

 次には六本の腕が刃物のように、鋭くなり一斉に田中を襲う。

 田中は水で盾を作りそれを防ごうとするが……。

 バッシャーン! と水しぶきのような音が響き、盾が壊れる。

 そして、田中めがけて動く六本の腕は、地面を貫いた。

 その衝撃波は凄く、遠くの民家の塀を破壊するほどだ。

 俺たちも軽い地震が起こるが、建物が崩れることはなかった。

 そして、田中は……。

 六本の腕が退かされる。

 だが、そこには血だまりを残し、既に田中の姿はなかった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る