第5話 焼失記録

 その後、古鷹から教えても柏木さんの家を訪ねた。

 柏木さんの家は学校から歩いて十五分の場所にあった。

 だが、新しい情報は特になかった。

 最後に、田中の話をすると、柏木さんはそんな人、知らないと言う。

 田中と、葉山の写真を見せても心当たりがなかった。

「ただいま……」

「お帰りなさいー。あ、奏多くん。今日の日没は何時だっけ?」

「……なんですか? 急に?」

「いいから」

「……ちょっと待ってください」

 唐突な質問の困惑しつつ、俺がスマホで日没を調べると、十八時三十分と書いてあった。

「十八時三十分分ですけど、それがどうかしたんですか? 今日外出とか?」

「まあ、ちょっとね。外出するかもしれないし、しないかもしれない。それは奏多君次第かな?」

「……?」

 響子さんは相変わらずよくわからない。 とりあえず、目先のことを考えよう。

 結局、依頼人の田中さんの正体も、柏木絵里ちゃんの居場所も掴めなかった。

 田中次郎や、『川坂ハーメルン事件』をもっと追ってもよかったが、とにかく時間がない。

 俺は、ソファーの外側に寄りかかって座る。

 事務所の壁時計は十六時五十五分。三時間五分。

「あと、一歩なんだけどあなあ……」

 あの後、『幸せクリーニング』の清掃車について考えると、ある一つの仮説が立った。 あれで、誘拐していたのではないかと。

 それならば、葉山のアリバイとも話がつく。

 まず、葉山は子供たちに接触し、情報を聞き出す。 家はどこだとか、どのタイミングで一人になるのかとか。

 それを聞いた、清掃車の実行犯が誘拐をする……。筋は通っている。

「せめて、この写真の清掃車の場所さえつかめれば……」

「何をブツブツ言ってるのー?」

 ソファーで寝転んでいた、響子さんがひょっこり顔を覗かせる。

「それがですね……」

 俺は響子さんに事件の調査であったことを話した。

「いや、あとちょっとなんですけどなかなか難しくて。この写真に写る車の居場所がつかめれば、進展するんだけどなーと思いまして」

「できるよ」

「いや、忘れてください。そんな不可能なことを話していても仕方ないです。はい! 時間がないですが、地道に聞き込みを続けます!」

「いや、だからできるて」

「え、まじ?」

「うん。まじ」

 ニコッと笑う響子さん。何だろ。凄く可愛い。

 では、なく。今できるて……。

「写真、貸して」

「あ、はい」

 俺は素直に葉山が写る写真を渡す。

 すると、響子さんは指から炎を出して、写真を燃やし始めた。

「ちょ、おい! なにしてんの!」

「いいから、いいから」

 すると、炎の中に何やら映像が浮かび上がる。

 それは、縄跳びを持った少年と葉山が笑っている映像だ。

「何ですか、これ?」

「魔術だよ。魔術。私、燃やした写真の、写真撮影日を再現して見ることができのよ」

 炎の中に映る映像。その後ろに問題の清掃車が映っていた。

 すると、今度は清掃車を後ろから追跡しているような映像が流れる。清掃車は国道を抜け、鬼立区から埼玉県坂川市に入り、廃墟のような建物に停まった。しかし、そこで映像は途切れしまう。

「残念ながらここまでしか見えないみたい」

「どういうことですか?」

「私の魔術、『記録焼失』は写真に映った人物、動物、物のその撮影した後の行動を追うことができるの。ただし、地面に『足』がついてないといけないし、半日までしか追えない。今のは、車がどこに行ったかわかるが、乗っていた人は追えないということよ」

  説明する響子さんの話を聞いて、俺はある疑問が湧いた。

「じゃあ、柏木絵里ちゃんの写真を貰った時に、それを使えば……」

「話、聞いてた? 撮影日。撮影日からじゃないと追えない。例えば田中さんが、柏木絵里ちゃんが浚われた日の写真だったら可能だったわ」

「はあ、すいません」

「わかればよろしい」

 そうか、ならば俺が調べたことは無駄ではなかったということだ。

 俺は時々思うのだ。響子さんさえいれば俺なんかいらないのでは? と。

 こんな地道な調査、魔術さえあればどうとなるし、と思っている。

 だが、響子さんが言うには魔術はそこまで便利なものではないという。

 正直、ただ響子さんがだらしない面倒くさがりだからと思っていたが、その意味が何となくわかった気がした。

「響子さん」

「なーに?」

「ありがとうございます」

「……うん」

 響子さんはなぜかそっぽを向いた。


 響子さんの魔術を元に、グーグルマップでそれっぽい場所を見つけた。

 現在、十七時十五分。あと一時間四十五分。

 工場まではタクシーで行くことにした。

「行くの?」

 響子さんが、ソファーから声をかけてくる。

「はい。柏木絵里ちゃんを絶対に見つけます」

「……無理はしないでね」

「わかってます。二十時にはここに帰る予定です。では」

「待って」

 俺が扉を開けようとすると、後ろから響子さんが呼び留める。

「これを持って行きなさい」

 響子さんが何かを投げ、それが俺に当たり、地面に落ちる。

 拾ってみると、お守りだった。

「何かあったら、それに願って。わかった?」

「は、はい」

 響子さん、何だかんだで俺を心配してくれているんだなという思いは伝わった。

 よし! と自分に気合を入れ直す。

 あと一歩で、柏木絵里ちゃんを救える。 正直、謎は多い。特に、依頼人の田中さんについて。

 だが、何としてでも見つけて、無事柏木母親の元に返してあげたい。

 俺はお守りをポケットにしまい、事務所を後にした。

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