第3話 調査
まずは、加山小学校に行くことにした。
加山小学校は、校庭が芝生になっており、照明も完備しているハイテクな小学校だ。俺が通っていたころにはこんな設備はなかった。
しかし、鬼ごっこをしたジャングルジムなど、懐かしいものが残っており、記憶を蘇らせながら俺は校舎に入る。
学校に行くと、絵里ちゃんの担任に快く話を聞くことができた。
応接室に通される。そこはソファー二つとそれを挟み膝ぐらいのテーブルがあるシンプルな部屋だ。脇には観葉植物なんかも飾ってある。
小学生の時にはここを使ったことは一度もなく、何をする場所なのだろうと疑問に思っていた。そんなところにいるのがなんだか不思議な気持ちだった。
椅子に座り待っていると、すぐに絵里ちゃんの担任が来る。
「柏さんの担任の江島です。お願いします」
江島先生は、五十歳ぐらいの女性だ。 髪は完全に真っ白で、眼鏡をかけている。 顔は常に笑顔な優しい印象を受けた。
「よろしくお願いします。僕は先ほど言った通り、柏さんの親族からの依頼で調査しています、里月奏多です」
「あら、お若いのに立派ね」
「いえ、それほどでも」
コホン、と軽く咳払いをし、本題に入る。
「それで早速本題なのですが、柏絵里さんの失踪時の状況を改めてお願いします」
すると、江島先生から笑顔が消え、悲しい表情を浮かべる。
「はい。柏さんはとても明るく、元気ないい子で、クラスの人気者でした……」
写真の通り、かなり活発な子だったらしい。
「行方不明になったときは、普段のように『先生さようなら!』と声をかけた後、いつも一緒に帰る二人の子たちと下校しました」
「そして、その下校中に行方不明になった、と?」
「はい。二人と別れた後から行方がわかっていません」
江島先生はそう言うと、ハンカチで目頭を抑える。
「ごめんなさいね。年なもんだから」
「いえ。こちらこそ辛いことをお聞きして申し訳ないです」
つまり、柏木絵里ちゃんは家の帰路で、友達と別れた後に行方がわからなくなったということか。これを聞くと、やはり誘拐の線が浮かぶな。……それだと余計心配だ。
「失踪前におかしなことはありましたか?」
「いえ、まったく。いつも通りでした。ただ……」
「ただ?」
江島先生は応接室を見渡し、小声で声を細めるように言う。
「あくまで私の想像なんですが、ご存知でしょうか? 『川坂ハーメルン事件』」
『川坂ハーメルン事件』。お隣埼玉県川坂市で十人の子供が誘拐されたが、全員無傷で生還した珍しい事件。犯人が自白したことで発覚した。
だが、事件後「俺は、はめられた」といい自殺したため、どうやって十人もの子供を誘拐したかわからず、『ハーメルンの笛吹き男』からとられた事件だ。
犯人の名前は上谷幸次、五十代男性。近所では有名な見回りのおじちゃんで、まさか彼が犯人とは、というふうに近所では言われていたらしい。
だが、自宅のパソコンから闇サイトで購入されたと思われる児童ポルノや、自白した通りに見つかった子供たちなどから、警察は上谷を容疑者と断定している。
「はい、知ってます」
「実はここ鬼立でも、何人かの子供が行方不明になっているんです」
「! 本当ですか!?」
「はい。……ここからは私の推測なのですが、実は『川坂ハーメルン事件』ではまだ見つかっていない子供たちがいて、その子たちの中に、柏さんがいるのではないか、と」
その後、絵里ちゃんと一緒に帰った二人にも聞いたが、特に目ぼしい情報は出なかった。
これ以上得られるものがないと判断した俺は、加山小学校を去ることにした。
腕時計を確認する。時間は十二時十五分。
あと、六時間四十五分……。急がなければ。
次は『川坂ハーメルン事件』を調べてみようと、校門を出たところで、見覚えのあるコートの男が煙草を吸っているのに気が付いた。
「よー奏多! こんなところに何の用だ? 場合によっては不法侵入で逮捕するぞ」
さぞ嬉しそうに手錠を取り出す、古鷹さんに俺は呆れて答える。
「調査ですよ。調査。古鷹さんこそ何やっているんですか? もしかしてロリコン(ガチ)ですか?」
「ちっ。馬鹿言うな。俺は響子さん一筋だ。ガキなんか興味もねーよ。捜査だ、捜査。お前とは違ってな」
そう言うと、煙草を足元に落とし、火を消した。相変わらず刑事とは思えない男だ。
古鷹一成。自身を「愛を追う刑事」と言い、かなりの自信家、ナルシスト。 以前、警察の依頼で一緒に行動したさい、響子さんに惚れたらしい。
「刑事になったのは、クールで知的な女性が上司の職場で働くため」とよく彼はのたまっている。
「ところで調査て、なんですか?」
「バーカ。誰が一般人に教えるかよ。じゃあな」
そう言うと、古鷹は校門に入って行こうとする。なぜか知らないけど、古鷹さんは俺を恋敵と思っているらしく、ただでさえ周りに対して態度が冷たいが、俺に対してはとにかくとげとげしい。
しかし、こちらは時間がない。情報収集のプロである刑事に聞くのがもっとも手っ取り早い。しょうがない。あの手を使うか……。
俺は思いっきり息を吸い込んみ、叫んだ。
「この依頼を解決したら、響子さんとデートできるように――」
「よーし話そう。今すぐ話そう」
すぐに古鷹さんは帰ってきた。
早い。とんでもなく早い。 俺は若干の恐怖を感じた。
「と、とりあえず、お茶でもどうですか……?」
俺たちは近くの喫茶店『カフェマンハッタン』で、話すことにした。
喫茶店は平日ということもあり、ガラガラ。遠くでおばちゃん達の話声が聞こえるぐらいだ。俺たちは窓側の一番奥の席に座る。
「それで? いつデートすればいい?」
椅子にでかでかと座る古鷹さんは、コーヒーをすすりながらそう言う。
「いえ、その前に古鷹さんの捜査の話を……」
古鷹はさぞ機嫌が悪そうに悪態をつく。
「ちっ。その代わり、ぜっていに忘れんなよ、さっきの話」
「は、はい。もちろんです」
響子さんには悪いが、仕方ない。あとで、美味しい饅頭でも買って帰ろう。
「上からの指示で、『川坂ハーメルン事件』と『鬼立区児童連続行方不明事件』が完結している可能があるかどうか、調べてた」
「『鬼立区児童連続行方不明事件』?」
「知らねえのか? ここ最近、鬼立区内の小学生4人が行方不明になっている。それが同一犯の可能が高いんだと」
なるほど。つまりは、さっき江島先生が言っていたことらしい。
「それで、関係あるんですか?」
「それを調査に来たんだ」
「あ、はい。すみません」
俺はコーラをストローでちゅーと吸う。
「一応、容疑者は出ていたんだがな」
「そうなんですか?」
「葉山という学校で清掃員をしていた男がいたんだが、そいつは行方不明になった児童の学校で掃除していた。しかも、行方不明者全員に面識があった」
「ならその人が……」
すると、古鷹は不機嫌そうな顔をした。
「アリバイだよ。アリバイがあんだよ。こんだけ怪しくても、証拠はねーし。全くなんなんだよ」
「その、アリバイとは?」
「誰がそこまで言うか。じゃあな」
立ち上がり帰ろうとする古鷹さんの手を掴む。
「まあまあまあ。落ち着いてください」
「うるせえ! 離せ!」
しょうがない……。俺は携帯を見せる。すると、古鷹さんの目の色が変わる。
「お、おい! これって……」
「はい。響子さんの寝顔です。これで手を打ちませんか?」
すると、古鷹さんは席に座り直した。ちょろい。
「ちっ。話せばいいんだろ? 話せば」
「はい!」
「行方不明者が失踪する時間帯に、必ず誰かと話をしていたんだと。裏も取った」
行方不明になる前に、必ず誰かと話す? そんなことあり得るのか?
「お、そんなことあり得るのか? みてえな面だな。そうなんだよ。怪しいよな? だから裏まで調べたんだが……。葉山は放課後、必ず掃除をしながら、近所住民や教師なんかと話していてな、アリバイは完璧だった」
「そうですか……」
「……」
一瞬だけ、通りかかった車の音がひどく大きく聞こえた。
「じゃあ、俺は帰る」
「まあまあ」
俺は再び、古鷹さんの手を抑える。
「ちっ。まだあんのかよ?」
「はい。そうですね・・・・・・。『坂川ハーメルン事件』についてどう思いますか?」
「どう思うか、か。上は上谷が絡んでいる可能性があるから捜査しろと言っているが、俺はそうじゃねえと思っている」
「どういうことですか?」
「まず、上谷がやったという証拠が自白でしかない。考えたくもねーが……自白を強要されたかもしれねーしな」
自白強要。上谷は冤罪で、命を落としたことになる。 それが本当なら、警察は大変なことになるだろう。
「次に決め手となった誘拐も、とても一人じゃできない。十人も一人で誘拐は不可能だ」
確かに、一人でやるのは相当きつそうだ。
「さらに自宅は、非常に簡素で、質素。蛇口を塞がれ、水が飲めないようになっていたこと以外は至っておかしな所はなかった。パソコンにあった児童ポルノ動画には再生された形跡はなく、逮捕の二日前にダウンロードされているというおかしな点がある」
「それはおかしな話ですね」
「だろ? そういうのは買ったらすぐ見るよな? しかも、ここ最近に購入している。つまり……」
「誰かが、罪をなすりつけようとした、ということですか?」
「……ああ、そうだ。そうだと俺は考えている」
俺はその話を聞いて驚いたのは、古鷹さんがこんなにも真面目に話していることだ。俺は、古鷹さんは事件に無関心な、冷たい男だと思っていたが、彼の目は真面目そのものだ。
「それによ、俺、実は自殺する前に会ってたんだよ、上谷に。捜査で言ったんだけどよ、とても真面目で優しくてよ。おまけに、俺に息子と孫を頼むなんて言ってきたんだ。今思えば、その時に自殺の決心をしていたんだろうな……」
「古鷹さん……」
「だからよ、例え犯人が上谷であっても、俺はこの事件の全貌を暴きたい。そう思っている」
「はい。頑張ってください。僕も頑張ります」
「……ちっ。なんか辛気臭くなったな。俺は捜査に戻るぜ。あ、絶対に響子さんに頼むぜ。あと寝顔。破ったらお前を、あらゆる手段で務所にぶち込むからな」
「職権乱用だ!? そもそもどこに写真を送ればいいんですか!?」
先ほどの感動はどこかに飛んでいった。やっぱりぶれないな、この人。
「あ、そいえば忘れてたな」
古鷹さんは、俺に名刺を投げつける。
そこには『警視庁 刑事部 捜査第一課 警視庁警部補 古鷹 一成』と書かれ、横に電話番号やメールなんかが書いてあった。本当に刑事なんだな。この人。
コーヒー代を置いて、去ろうとする古鷹さんに、俺はもう一つ聞きたいことが浮かび、呼び止めた。
「古鷹さん! もう一つだけ、聞きたいことが!」
「んだよ。早く言え。俺だって忙しいんだ」
「田中次郎という名前に覚えはありますか?」
疑っているわけではない。妹思いの兄に悪い人はいない。
だが、調査はこういう細かいことを潰していかないといけない。
まずは、怪しいことを徹底的に調べる。それが調査だと思っている。
すると、古鷹さんから思いがけない言葉が飛び出す。
「確か、指名手配中の男にそんな名前がいたが、それがどうした?」
壁の時計は十三時十三分を指していた。残り五時間四十七分。
古鷹さんが去った喫茶店で、俺はスマホで田中次郎について調べていた。
田中次郎。大阪で強盗殺人の容疑で指名手配されている男と書いてある。
しかし、顔写真は似ても似つかなかった。
小柄で猿のようなその顔は依頼人の田中さんとは似ても似つかない。
同姓同名の、別人だろう。俺はそう思って、下にスライドするとある文章に目が止まる。
『懸賞金 六百万円』
そう、田中さんの依頼報酬と同じ額だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます