第9話 ③進め

「ねえ、天使は死ぬってどういうことだと思う?」

「分からない……そんなの死んでみないと分からないわ……私は死んだ人を神様の元に運ぶお仕事をしているけど、私自身は死んだことないもの……」

「そうだね。私はね、大人になって気付いたの。死ぬってことは覚めない眠りにつくこと。長い長い終わらない夢を見ながら眠ること。だからパパに訊きたかった。今どんな夢を見てるの?って」

私は笑顔なのに泣いていた。

「それとね、忘れるといけないから。こんなにも大事な家族なのに、会えなくなって10年経った頃から顔も声もモヤがかかったように思い出せなくなるの。忘却は前進、 だけど私は忘れたくない。前に進めなくてもいい。忘れてしまったら本当の意味でパパがいなくなっちゃう。それだけは嫌」

私は一つ一つ確認するように言った。

天使は黙って聞いていたけど、私が話し終えると口を開いた。

「あんた、過去に囚われすぎよ。それも狂ったように。もっと未来に目を向けなさいよ。顔も声も忘れたっていいわ。ただそれを、薄れゆく記憶の欠片を、愛おしく思って大事にすればいいじゃない。それを持って未来を想えばいいじゃない」

「私にはそれができない」

「どうしてよ、ねえ」

私は涙を拭き取って、一歩前に出た。

「さあ、続きを見よう」

天使は可哀想なものを見るような、憐れむような、そんな目で私を見上げていた。

それから天使と私は手を繋いで、真っ白な世界を歩いていった。

お葬式も見た。

「君たちのお父様は立派だった」

「パパはセイちゃんたちの心の中で生き続けるからね」

言われた言葉も覚えていたけどもう一度聞いた。

客観的に見たパパのお葬式。私と妹のカナデ、ふたり姉妹の体の小ささ、幼さに驚いた。あんなに小さな頃にこんな経験をしたんだね。天使はずっと泣いていた。

納骨の景色だけなかった。実際に納骨には参加出来なかったから記憶がないのである。骨になった父の姿はどう頑張っても、見れないと思ったから行かなかったのだ。

「次で最後だよ」

私は天使に言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る