第9話 ②悲愴

私が中に入ると扉は閉まり、濃霧は消えていく。

「ここはどこ……?なにかの香りが……」

相変わらず天使はキョロキョロしているが、少し離れたところにある私の過去の景色を見つけて一瞬で表情を曇らせた。

私は口を開けたままの天使の横に立ち、口を結んで真っ直ぐ前を向いた。

畳の部屋。花の匂い。木製の長い箱。誰かの話し声。すすり泣く音。その雰囲気を色で表すなら黒だ。

母親と小さな子ども二人が棺の中を覗いている。

三人とも泣いていた。それはもう、水溜まりができるくらいに。流れる涙は頬から首筋へ、そして服の中まで流れていく。

沢山泣いたね。

泣き続ける親子の後ろ姿を天使は呆然と見ていた。

「なによ……これ……」

天使の声は震えていた。

「これが私の記憶だよ。大切な人を亡くした日の記憶」

「あの棺の中は……まさか……」

私は天使の手を取って記憶の景色へと近付いた。天使は棺へ駆け寄って、そんな、と口元に手を当てた。

私もゆっくりと棺に近付き、棺の中で眠るあの人の顔を見た。

「私のパパだよ」

天使は泣いていた。

「ほんっとに安らかな顔をしてるよね。まるで……そう、眠っているみたい。早く起きてくれないかなぁ……ねえ、パパ……」

私も泣いていた。父譲りの大きな目から涙が零れ落ちた。止まらなかった。

天使は私の胸ぐらを掴んで押し倒した。上に乗る天使の涙が私の頬に落ちる。

泣いている天使は綺麗だった。

「どうして……!」

天使の言いたいことはわかる。私は涙を拭いて少し笑って見せた。

その私の仕草にも天使は泣いた。

「どうしてよ!私はとっても楽しくて幸せで、どうしてももう一度感じたいそういう幸福感のために記憶の再確認をしてるんだと思ってた」

天使は私の胸ぐらを掴む手の力を少し緩めた。

「どうしてこんな……自分を痛めつけるみたいにこんな記憶をもう一度見るのよ……なぜそれを願ったの……なんでも叶う願いなのに、どうして幸せになろうとしないの……」

天使は吐き出すように言った。

「幸せになろうとしないの、か……」

私は目を細めた。

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