第3話 ③消えていく

「お父さんが、どうしたの?」

「亡くなったって……」

一瞬、少女の瞳が揺れる。でもそれだけ。母親に駆け寄って背中をさすることも、自分が母親同様泣き崩れることもない。ただきゅっと口を閉じて、何かに耐えていた。

壊れそうだったんだと思う。泣きたかったのかも知れない。しかしまだ父親の姿もその死に顔も、何も見ていない少女は現実が現実でないような感覚がして、きっと今は泣けないのだ。

少女は立ち上がる。

「学校に行くね」

何も無かったかのようにランドセルに手を伸ばす。

母親は顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔を。

「お父さんのところに行かないの……?」

「行かない。じゃあね」

なんて子だ。淡白というか薄情というか、その姿からは狂気さえ感じる。

ーー待って。

私は手を伸ばした。

ーー行かないで。

少女に向かって。

ーー必ず後悔する。

私は泣いていた。

立ち上がった少女と目が合う。ハッと息を飲んだ。

私の姿は見えないはずなのに、確かに私の目を見て口を開く。

「またね」

少女は笑う。

真っ白な世界が壊れる。少女の姿も母親の姿もなにもかも、花びらになる。ばらばらはらはらと花びらが散りながら景色の欠片がひらひらと舞う。

色のない、その花びらは嵐のように、私を包んで眠らせた。

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